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2014年9月29日 (月)

聖書の舞台にやってきました(エルサレム・イスラエル)

アンマン・マンスールホテル→(タクシー3人でシェア 7JD)ヨルダン側イミグレ→(バス8.5JD)イスラエルイミグレ→(バス10JD1540円)ホテル→旧市街散策

今日の宿 New Palm Hotel ドミ 60シェケル 1800円。

***

エルサレムにやってきました。
イスラエルのイミグレーションは、言われているほど厳しくはなく、すんなりと通してくれました。

宿から一緒にタクシーをシェアしてきた他の日本人二人は、別室に連れて行かれて質問を受けたが、それでも15分ぐらいで終わった。

ただ、待ち時間が長くて、イミグレを通過するのに2時間かかり、結局移動に5時間。エルサレムに着いたのは午後1時過ぎ。

一緒に来た二人の青年は、有名なイブラヒムじいさんの家へ。私は立地優先でマダガスカル門のすぐ近くの宿へ。さっそく荷物を置いて、旧市街へ。

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旧市街の入口のマダガスカル門。旧市街は城壁に囲まれて、保存状態よく残っている。もちろん世界遺産。

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門を抜けると、両側に商店街。

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さらにスーク(商店街)へと続く。ここも大きなスークがある。

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私が真っ先に向かったのは、「嘆きの壁」。

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たくさんのユダヤ人が祈りを捧げている。

ここエルサレムの旧市街は世界三大宗教の聖地。紀元前、もともとはこの場所には、ユダヤ教の神殿が建っていたが、それをローマ軍が破壊。ユダヤ人は様々な支配者から追われ、世界へと散っていく。

やがてこの地で活躍したイエスが、ここエルサレムのゴルゴダの丘で磔(はりつけ)になったため、キリスト教の聖地となった。

それから約600年後にイスラムの創始者のムハンマド(マホメット)がこの地で亡くなり、もとユダヤ教の神殿のあった場所にムハンマドを祭るドーム(岩のドーム)を建設。そのドームが今も嘆きの壁の向こうに建っている。ユダヤの人々は、もとあった場所に神殿を建てたいと祈りを捧げる。

とまあ、こういうややこしい場所です。

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すぐ近くにある聖墳墓教会。今度はキリスト教。イエスが磔にされたと言われる場所(ゴルゴダの丘)に建っている教会。

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これは磔にあったイエスを十字架から降ろして香油を塗ったと言われる石板。みんながいろんな物をそこに乗せて祈ります。

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教会の中にあるイエスのお墓。中に入ってお祈りしました。この教会はイエスの死後300年以上経ってから建てられており、中に何か遺品が納められているとかはないみたい。教会では、多くの人が感激して泣いていました。

ユダヤ教、キリスト教ときたので、イスラム教も出さないと不公平なんですが、「岩のドーム」はモスリム以外には非公開。ドームのまわりの神殿の丘には入れるらしいが、午前中だけということなので、また明日行きます。

モーゼ、イエス、ムハンマドが歩いた地は荒涼とした岩山、砂漠の中の町々。
ヨルダンからエルサレムまでは岩ばかりの荒れた土地がずっと続いた。

これを書いている時、町にはアザーンが鳴り響いています。
明日も、イエスが、ムハンマドが歩いた街を歩きます。

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コメント

お陰様で、中東がほぼ分かった気がします。
詳細な裏側レポート読んだので、もう行かなくて良いかなと・・・。

ビールが気軽に飲めない所は、如何なものかと???

エルサレムはビールを売っていますが、飲む気になれないので飲んでいません。

ビールを飲まないと、時間がたくさんあっていいです。

イスラムのおかげで、いかに無駄な時間を過ごしてきたかわかりました。

もう一生飲みません。・・・・・・たぶん嘘です。

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