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2015年1月19日 (月)

セイラー・ボブ・アダムソン⑫(メルボルン)

覚醒(エンライトメント・悟り)する人などいない。

私は、覚醒(エンライトメント、悟り)を求めてボブのところへやってきた。ところが彼はそんなものはないという。
そもそも彼の教えでは、「私が私だと思っている自分は存在しない」。となると、「誰が覚醒するというのか?」と彼は尋ねる。

それでも私は、それは言葉のあやで、本当はボブはどこかの時点で覚醒したに違いないと思っていた。
個人面談でその辺を聞いた。

私「あなたは、ボンベイのニサルガダッタの家へ行き、そこで彼の話を理解したと言っている。その理解というのはエンライトメント(覚醒、悟り)のことですか。」

ボブ「普通に彼の話を理解しただけだ」

私「でも、本を読んだ多くの人は、あなたがどこかでエンライトメントしたのだと思っていますよ」

ボブ「誰もエンライトメントなんてしない。私たちはすでにそれなのだ。(We alreday are.)」

確かに本の中では、どこにも彼が覚醒したとは書かれてないし、彼が自分で、「私は覚醒した」と言うくだりを見たこともない。

彼はニサルガダッタの家へ行き、彼の話を理解(understand)したと書いてあるだけだ。

私と同じ疑問を持つ人はたくさんいて、彼をアメリカに招いてその様子を本に書いたジェームズ・ブラハの「Living reality」(日本版未翻訳)の本には、何度もそのあたりを質問する場面が出てくるが、そこでもやはりエンライトメント(覚醒、悟り)したということは言っておらず、普通にニサルガダッタの話を理解しただけとなっている。

「Living reality」では、ボブの奥さんのバーバラも一緒にニサルガダッタの話を聞き、同じように理解してオーストラリアに帰ったと書いてある。
要するに、他のマスターの本に出てくるような覚醒体験がどこかの時点で起こったという訳ではないということ。

ボブの教えでは、私たちはもともともと、「純粋な知性エネルギー」「他には何もない一つのもの」「純粋な気づき・意識」で、覚醒した状態にある。
それを見えなくしているのが私たちの思考や条件付け。それはあたかも燦々と輝く太陽を、思考という雲が邪魔して見えなくしているでけで、雲の向こうに太陽はいつも輝いているという。

では、ボブと、お釈迦様やイエス様、エックハルト・トールやクリシュナムルティとは意識のレベルが違うのか?
ギルバートに言わせると、同じレベルにいるという。

じゃあ一体、ボブやエックハルト・トールと私たちとはどこが違うのか?
これはジェームズ・ブラハが本の中で書いていることですが、いわゆる覚醒したと言われている人たちと、私たちの違いは、参照点にとらわれることがないという点だそうです。

彼らは、私はいない、万物は「純粋な知性エネルギー」「他には何もない一つのもの」「純粋な気づいている意識」であること、時間は存在しないこと、死は幻影であること(これはまた明日書きます)などを理解していて、それを完全に理解しているために、人との比較や、悩みや問題から起こってくる参照点にとらわれることがなく、死の恐怖もない。

いわゆる悟りを得た人にも思考はやってくるが、そこに参照点がなければ、思考にとらわれることもなく、思考はどこかへ行ってしまう。それだけの違いだそうです。
私は、覚醒した人は、思考なんて無いか、自由にコントロールしているのかと思っていたがそうではないようです。

「なあんだ、それだけのことか」と思われるかもしれませんが、実際に、自分は存在しない、万物は一つのもの、時間は存在しない、死はない、といったようなことが本当に身に染みて、それを生きるというのはそう簡単なことではありません。それほど私たちの条件付けは根強いと言えます。

それに、ボブを横で見ていると、覚者と呼ばれるだけあって、凄みというか、私たちとは決定的に違う何かがあるような気がしてなりません。

覚者と呼ばれる人たちも、私たちと同じように、思考がやってくるし、夢も見るという。ただその本質を見抜いていて、それに囚われることがないだけのことだそうです。
ジェームズ・ブラハが本の中で書いていますが、ボブでさえ、ニサルガダッタの家から帰ってすぐにすべてが変わったというわけではないようです。

やはり問題が起きるたびに(ああ、自分はいないんだ)(ああ、時間は存在しないんだ)というようなことを思い出して、次第に参照点が消えていったようです。
その辺をボブに直接聞いたことがありますが、ボブに言わせると、そんなことは即時に起きると答えます。

ボブは先生なので、建前しか言いません。「覚醒しないのですか?」などと聞こうものなら、「覚醒するとは何事だ。それは未来の話か?時間は存在しない!」と言って話が進みません。でもボブは話の途中で時々時計を見るし、個人面談を申し込めば、予定張に書き込みます。時間なんかない!と言っておきながらですよ。

肉体は幻影だ!なんて言っておきながら、針治療もしてもらうし、ビタミン剤も飲む。
私はふざけて、「肉体は幻影なんだから、疲れていても休まないし、大酒飲んで毎日徹夜することにしました!」と言ったら、「肉体はちゃんとケアしなきゃだめだよ」と言われました。

ジェームズ・ブラハは本の中で書いていますが、アドヴァイタ(非二元論)そのものが多くのパラドックスを抱えていると言っています。それは、嘘とか、間違いではなく、パラドックス。私たちは、そのパラドックスを見抜いて、その裏にある本質を見る必要がある。

それと、稀には、自分は存在せず、純粋な意識であるとか、万物は一つである、時間は無い、死はない、などの理解が偶発的に起きる人や、生まれながらにして自分などいないと知っている人もいるそうです。(ブラハの本から)
でもそういう人たちは、どうしてそれが起こったのかわからず、自身の神秘体験と結び付けて、「覚醒した」と思う人もいるのではないかということです。

私は、ボブのところへ来て、「覚醒などない」と思うようになりました。
私の考えていた覚醒とは、すべての道理が明確に理解でき、言いようのない幸福感が永続する状態だと思っていました。しかし、幸福感が常時続けば、それが普通の日常になってしまって、幸福だと感じなくなる。幸福は不幸があって初めて成り立っている。

覚醒など無いのではないか。釈迦やイエスが説いていたことは、特別の人にしか起こらない何かではなく、誰にでも理解できるようなシンプルな教えだったのではないかと思っています。

注:エックハルト・トールを引き合いに出しましたが、彼は昨年末にメルボルンで公演して、その時の入場料が一人200ドルだったそうです。ボブのところへ来れば20ドルで済むのにと時々ジョークを言う人がいて話題になります。念のため書いておきますが、私はエックハルトは好きです。

2015.3.24追記

今夜のミーティングのあと、有志4人でレストランで二次会。ギルバートもいたので、疑問に思っていることを聞いてみた。

「人に聞いたんだけど、アドヴァイタのマスターの中には、エンライトメントするということがあると言う人や、輪廻転生すると説く人もいるという。どうして同じアドヴァイタを教えていて、マスターによっては反対のことを言うの?」

「それは使っている言葉の定義の問題だよ。同じ現象を説明していても、ある人はエンライトメントすると言い、ある人はしないと言う。言葉はしょせん言葉でしかなくて、その定義が違えばまったく逆の説明になる」

ボブにエンライトメントのことを聞けば、"We already are."(私たちはもうそれなんだ)と答え、エンライトメントはしないと言う。でも、もし違う定義でエンライトメントという言葉を使うマスターなら、エンライトメントすると言う言い回しになることもある。大切なのは、言葉の裏にある本質的な意味の理解。

2015.4.12追記

多くの人が、覚醒(エンライトメント)=至福(bliss)を探している。それはどこにあるのか。ボブは時々、サットーチットーアナンダ(Sat-Chit-Ananda)を引用する。サットーチットーアナンダはヒンズー教の言葉で、それが現れ出た三つの側面を表現したもの。
サットはexistence(存在)、チットはcoscious(意識)、アナンダはbliss(至福)の意味。この至福というのはどこにあるのか。

これは、精神世界の本にありがちな、悟りを開くと突然身に起こると言われているような、高揚した至福感のことではない。その至福は、思考をちょっと止めたときに気づく微妙なヴァイブレーションとしての至福。私たちは、日ごろそれに気づかないだけで、いつもそこにある。

その至福をもっと感じようとして、概念化したとたんにそれは消える。いつもそれを感じていたいと瞑想するのも無駄なこと。それはいつもそこにある。だが、マインドで捕まえることはできない。

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