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2016年2月29日 (月)

セイラー・ボブ・アダムソン・ふたたび 8 (最終回)

2018.11.21追記 

 

お知らせ

 

このブログ内のセイラー・ボブ・アダムソン関連の記事は加筆、修正を加え、以下のサイトに移記しましたので、そこでで読んでいただくようお願いします。

 

新ブログ

 

 

 

 

 

以前に「拓の世界一周旅日記」に書いたセイラーボブ関連の記事は、加筆、修正することなく、書いた当時のまま残しています。

 

 

 

 

ただ当時は、私のボブの教えに対する理解がまだ浅く、誤解を招く表現が多々あり、わかりずらいものになっています。

 

新しいブログに移記したものは、かなりわかりやすいものになっておりますので、すでに当サイトで読まれた方も、ぜひもう一度新しいブログで読んでいただくようお願いします。

 

 

 

 

 

そちらのブログでは、セイラー・ボブの教えをもっと詳しく書いていく予定ですので、よかったら時々読んでやってください。

 

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セイラー・ボブ・アダムソンへのアクセス・概要・近況はこちらから

 

 

 

「Sailor Bob Adamson Inter-view・ギルバート・シュルツ編纂」から抜粋

 

筆者注:以下の発言はすべてセイラー・ボブ・アダムソンの発言です。原文には前後に質問者の質問や応答がありますが、それを載せると長くなるうえに、かえって焦点がボケてしまってわかりにくくなるので割愛。
ボブの発言部分については省略・改変することなく、原文に忠実に翻訳掲載しました。

 

p3
「まず最初に、あなたは体でもなければマインドでもない。あなたは、アウエアネス、意識、注意深さ、目覚めている状態と言われている生のエッセンスそのもの、すなわち知性エネルギーであり、それがこの森羅万象を機能させている。それはたった一つの実在。」

 

p3
「ちょっと考えてごらん。あなたはアウエアネス(意識・気づき)を掴むことができるだろうか?それを形にできるだろうか?形態や大きさ、場所を与えることができるだろうか?それは空間のようなものであり、物ではない。それにはパターンや形は無く、中心も周辺もない」

 

p4
「仏教で使われる別の言葉では、wakefulness(目覚めている状態)と彼らは呼ぶ。wakefulness は アウエアネス(意識・気づき)によく似ている。あなたは朝目を覚まし、そして今も起きている。

そして今朝あなたが目を覚ましてから、すべての物事が起きた。それは、何の中で起こったのか?それは、目覚めていることの中で起こったのではないのか?しかし、その目覚めていることとは一体なんだろう?そして、その目覚めていることを手に入れるために、あなたは何かをしなければならなかっただろうか?」

p4
「アウエアネスという言葉を聞いたとたんに、たいていの人はアウエアネスを手に入れようと捜し始めるが、捜しても無駄だ。人々はアウエアネスが何なのかを考え始める。そして人々はそれに対して、それはこうあるべきだという概念を抱く。

しかし、(目覚めている状態)という言葉を使うとき、目を覚ましていることに対して、あなたは何をしなければならないというのか?あなたは自分が眠ってはいないことを知っている。それなら、あなたはそれを捜す必要はなく、何もする必要などないのではないか?あなたが眠っていないのなら、起きているに違いない。

それをそのままにしておきなさい。それをいかなる方法でも、変えたり、正したり修正したり、また捜し求めたりしないこと。それは昼であろうと夜であろうと、どんな活動がなされていようが、すべてはその中で起こる」

 

p5
「それは常に明白で明らかなこと。はっきりしているにもかかわらず、気づない。それゆえニサルガダッタや、たいていのいにしえの教典ではこう説く、(我々の問題は無知からくる)と。それは愚かだと言っているのではなく、知らないふりをしているのだということ。我々は、自分たちの本質を無視して、その内容物、その中で起こっているいくつかの活動に焦点をあて、この部分は私、残りの部分は私じゃない、などと常に選んでいる」

p41
筆者注:質問者の「日常の普通のアウエアネス(意識・気づき)ではなく、何かもっと深淵ですばらしい何かが起こることを待ち続けている私たちに向って何か言ってください」という質問に答えて。

「それで今あなたはどうだ?起きて(awake:目を覚まして)いるのか?」

 

「それでその目覚めている状態に、あなたは何をしなければならないと言うのか?あなたはそれを捜さなくてはいけないのか?あなたは自分が眠ってはいないということを理解するだけでいい。あなたは確かに眠ってはいない。そして眠っていないのなら目覚めているに違いない。

目覚めている(awake)を別の言葉で言うとどうなる?目覚めている(awake)はアウエアネス(awareness)だろ?」

「それが目覚めている状態、すなわちアウエアネスだ。フル・ストップ!(ピリオド)。あなたはそれに何を付け加えられるだろう?あなたはそれから何を取り去ることができるだろう?それから、どんな深淵なことを得る必要があるだろうか?」

p42
「その他に何を求めているのか?あなたは精神の高揚や下降が欲しいのか?もしそれが得られたとして、それがいつまで続くと言うのか?何かすばらしい体験?たぶんあなたも人生の中で、途方もなくすばらしい経験をしたことが何度かあるだろう。それを思い出してみてほしい。それが長く続いたかを?」

p43
「あなたはそれを何と呼ぶ。普通のアウエアネス(意識・気づき)だ。普通の、ただの日常の普通のアウエアネスだ。

 

さて今、すばらしい、偉大な経験をしたとする。すばらしい一瞥、ビジョンやあらゆる種類のもの。また、極上のエクスタシーを体験して、あなたはまたそれを捜し求める。もし、その状態が一週間続いたらどうなる。一ヶ月、一年。そしたらどうなる?」

「それが普通の状態になる。普通のありふれた日常の状態となる。」

 

「あなたはまた何かもっと良いものを捜し始めるだろう。というのも、この目覚めている状態がいつもの状態であるために、それがありふれた普通のものに見えてしまうからだ。とても普通の状態に。しかし、その本質を見て欲しい。くつろいで。自分の本当の姿を知ること。それがいわゆる再認識(re-cognize)というものだ。

あなたはすでに知っていて(cognized)、何度も何度も認識しいているが、思考という一団の雲に覆い隠されてうわべ上は認識できなくなっている。しかし、それを再認識しなさい。そうすれば、雲が無ければ太陽が燦然と輝いていることを認識できるだろう。

この例えを利用しなさい。そして太陽は暖かく、明るく、輝いていて、とても幸せだ。その本質はあなたも同じだ。明晰で空、暖かく、そう言いたければ愛情に満ちていると言ってもいい。」

 

 

 

 

***

 

以上で抜粋翻訳終わり。

 

セイラー・ボブが説くのは非二元・他に何もない一つのもの。一方で私たちが見ているのは分離だらけの二元性の世界。世界はそのように現れるしかないのだとボブは言います。

セイラー・ボブは、その見ることも理解することもできないものを、様々なポインターを使って私たちに指し示そうとしています。

 

ボブの教えが真実だと思われた方、おとぎ話のたわごとだと思われた方、お前の説明ではよくわからないと思われた方、言っていることはなんとなくわかるけど・・・。感想は様々だと思います。

 

でも、こうだと決めつけて、ラベルを貼ってしまうことのないようお願いします。
よくわからないままにしておけば、いつか何かの瞬間に卵が孵化する瞬間があるかもしれません。
また逆に、すっかり忘れて思い出すこともないのかもしれません。
何かのラベルを貼りつけずに、どうぞそのまま自然に起こるに任せておいてください。

 

「セイラー・ボブ・アダムソン ふたたび」を最初から読む方はこちらから

「セイラー・ボブ・アダムソン」(前回の訪問時のブログ)を読む方はこちらから

 

2018年2月現在、Sabine の facebookで、不定期ではありますが、ボブのミーティングをライブ中継しています

 

セイラー・ボブ・アダムソンの教えはこちらから

 

 

 

 

 

 

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コメント

ていねいな翻訳、どうもありがとうございました。拓さんの日本語はとてもわかりやすいです。読ませていただいて、あーそういうことだったのかぁ と思う点がいくつもありました。

それが、どういうところでどう思ったかとか書き出すと、またオタク同士の会話になりそうなのでやめときますけど。

ただ、拓さん訳のボブのポインターをそのまんま心に留めて大切にしたいです。

でも、これで終わっちゃうのはとても残念。
なんども繰り返される同じポインターなのに、ずっと聞いていたい…。

というわけで、5月にまたメルボルンに行きます。

やっぱり、オタクですね。

今回のブログは自分でもわかりやすく書けたのではないかと思っています。
ちさんとの話も大いに参考にさせていただきました。

このブログをたくさんの人に読んでもらいたいのですが、みんながネットで見つけて読んでくれるにはまだちょっと時間がかかると思います。

私もすぐにでもメルボルンへ行きたいです。ボブはもちろんですが、メルボルンの落ち着いた雰囲気と人々の活気が大好きです。

なんだかんだで通算すると6ヶ月も滞在したことになるので、そろそろ市民権をくれてもいいんじゃないかと思うほどです。

ちさんが行かれたら、このコメント欄にボブの様子を投稿してください。
ボブの様子を知りたいのは私だけではないと思いますので。

私の方は、また来年、年明けに行きます。その時はオタク同士で盛り上がりましょう。

数日前、朝からなんとなく頭に浮かんだセイラー・ボブを調べました。
名前は覚えていなかったがたしか船乗りのマスター?
netを検索するうち、こちらのサイトを発見。

超えられなかった未知の部分がスルスルと簡単に理解できました。
「ああ、そういうこと」機が熟したから?・・・ただ分かった。
私にとってはボブの教えがしっくり分かりやすいものでした。

この記事を書いて下さってありがとう。
何度か読み返しています。

コメントありがとうございます。
ボブの教えは、悟りを開いたマスターの秘教的な教えではなく、ごく当たり前の教えで、要するに、不幸や問題は自分で作り出した概念にすぎないということだと思います。

ごく当たり前のシンプルな教えだからこそすばらしいと私は思っています。

ありがとう

2月7日から17日までボブに会いに行ってきたものです。ボブは会ってすぐ、ジャパニーズなら拓に挨拶しなよと言ってきたり、ミーティングでも私が質問をすると、「拓も以前は同じ問題を抱えていたよ」、などと言ったりして、拓さんのことを親しく感じているようでした。
途中からたまたま同じ時期にいらしたたいらさんにも出会いました。
このブログ、ボブの教えを理解する上でとても役に立ったので感謝しています。ありがとうございました。

コメントありがとうございます。

2月12日と14日のミーティングの様子は、Sabineがサイトにアップロードしてくれたので見ましたよ。

Sabineが日本人のために英語字幕をつけてくれるというので、楽しみに待っているところです。

ボブがセーターを着ているのを見ると、今年のメルボルンは寒いんですね。

ボブは相変わらず元気そうでなによりです。

りょうさん、お疲れ様でした。サビネとトニーがりょうさんのことを聞くので、名門大学に通う秀才だと伝えておきました。ちなみに、ボブにも伝えました。りょうさんが帰国した次の日に、ホテルEuropeに泊まりましたが、日本人を狙った窃盗団に出くわし2月27日にチェックアウトしました。りょうさん、不幸中の幸いですね。悟りを開いてください。

拓さん
こんばんは。
先ほど、セイラーボブアダムソン、とカタカナで検索したら、
このブログを発見したので、読ませていただいた者です。
24歳、女性です。
実は、1月に格安チケットが出ていて、メルボルンにボブに
会いに行こうかと思っていたのです。
結局は、フライトも数日後で慌ただしかったし、
私の少ない貯金はほとんど使ってしまわれそうだったので、
とりあえず見送ったのですが、
今、とにかく生でボブのような人に会って、
この数年理解しようとしてきた非二元をしっかり知りたい、感じたいという 気持ちが強くて。
かといって日本で探してあまりに講演費が高いと、負担であまり行く気になれず、
エネルギーの行き場が無くて、困っています。
でも、タクさんは、20回以上も話を聞きに行かれたと書いてあって、
10日の滞在で4回行くつもりだった私は、もっと長いスパンと多少の出費は覚悟してもいいかな、
とちょっと構えが変わりました(笑)

ちなみに、日本でタクさんのお話を聞くことなどはできますか?
もし、そういう機会がありましたら、ぜひ教えてください。

コメントありがとうございます。

日本で私がボブの話、もしくは非二元の話をする機会は今のところありません。
正直に言ってしまえば、人に話せるほどの確信をもった理解に至っておりません。
ボブが何を言っているのかは理解しているつもりですが、どこか絶対的な確信を持てない自分がいます。

ボブのミーティングは今のところ、Sabinaのfacebookで生中継で見ることができます。日本との時差は2時間です。
生中継でなくてもよければSabinaのサイトにもYouTubeがたくさんあります。

詳しくは私のブログの2015年1月9日セイラー・ボブ・アダムソン②(メルボルン)に案内してありますので、そこで見てください。(コメント欄にアドレスが貼り付けできないようです)

私も、もう一度メルボルンに行く予定ですが、諸事情によりちょっと先のことになります。
YouTubeで見る限り、ボブの英語がますますわかりずらくなったきたなあ、急がなきゃ、なんて思っていますが、今のところは元気にしてくれています。

タクさん

お返事をいただけて、とても嬉しく今、読ませてもらいました。
ありがとうございます。
生中継もあるのですね。教えていただきありがとうございます。

タクさんのブログは、とても分かりやすかったです。
「YOU ALREADY ARE」とか「"知的に理解しています。"の知的に、を取りなさい。」というところなど、
本で読んでも謎かけみたいに感じられていたのに、シンプルに入ってきたのが印象的でした。
今朝ふと、「翻訳した言葉と違うからなのかな」と起き抜けに思いました。
ボブという人から出てきた表現を現場でタクさんが直接聞き、出てきた言葉だから、
同じような質疑応答の部分でも本と違った読みやすさがあるのかなと思いました。
ですから、タクさんがいつかもしそういう気持ちになった時に、
ボブの話などを話して下さることがあれば、 聞いた人は何か生の感触を感じることができるかもしれません。

あと、ネットを通してではありますが、自分と同じ興味を持つ人と話したのは、
多分初めてで、それが嬉しかったです。
ありがとうございました。

いつかもっとはっきりした形でボブの教えをお伝えできたらいいなと思っています。

ありがとうございました。

絶対にtakuさんの理解はまた揺らぎますw
内容の真偽についてはコメントしませんが
とても面白いです。
いつも楽しみにしています。(^-^)

p.s.
昔、taku さんの英文解釈本の書評には大変お世話になりました。
書評見て越前敏弥さんの本を買ったりもしました。
ありがとうございます。
最初、セーラーボブの体験談を書いてる人と同一人物だとは気づきませんでしたw
ちなみに出張で多治見にも行ったことあります。
映画見ました。もう、映画館なくなっちゃみたいだけど。
100円で買えたたこ焼きとお好み焼きも印象に残ってますw

コメントありがとうございます。

また理解が揺らいだら、今度は別の人を探したいと思っています。なんちゃって。

今、せっせと続きを書いています。どうぞ読んでやってください。

多治見は日本で一番暑い街の一つですが、寒さもきついです。


「私がいない、ということを体験しようとしてもそれはできない。あなたが、(私)という基準点を完全に無くすのは肉体を離れた時であり、死んだ時である」

思うんだけどさぁ、カタジーナさんって絶対知識だけだよw
観念にしちゃってるだけ。
それが悪いというわけじゃないけど。
私がいないという意味は観念上の私が消えるっていう意味だよ。
(観念上の私は対象があって初めて存在出来る。観念上の私はI AM の上に重ねて合わせいる?ような感じ?)
従って、観念上の私が消える事は十分に可能だよ。
これが起こった時にはボブの言ってる事を直感的に理解できるよ。
まぁ、多くの人がこの体験を元にまた観念を構築しちゃうんだけどさ。
もちろん、(私)、すなわち、I AM は消えないよ。

暇潰しに書いてみました。w

マハラジがひれ伏した人をたたき出さなかったお話しw

13. love and god ( by Pointers from Nisargadatta Maharaj )

それから、カナダ人の若者がマハラジの前にひれ伏しました( prostrate )。彼の目は感謝と喜びの涙であふれていました。
マハラジは彼に「今度はいつ来るんだ?」と尋ねました。若者は「正直なところ、わかりません。」と答えました。
彼が去った後、しばらくの間、マハラジはとてつもなく柔和な微笑みを口元に浮かべ目を閉じて座っていました。そして、穏やかにこう言いました。
「まれな存在だ。」
私(著者であるラメッシ)はこの言葉をほとんど聞いた事がありませんでした。そして、この若者を二度と見る事はありませんでした。
そして、私はしばしば彼の事をよく思うのでした。

「Pointers from Nisargadatta Maharaj」のAPPENDEX -1 のthe core of the teaching はオススメ。(多分、私が今までで一番読んだ文章だと思う。本のタイトルで検索するとpdf でおちてるよw)

ワイ、2006~2008年ぐらい?、高木さんのセミナーの常連だったもよう。
もう全然行ってないけどw

ここを見る人のために一応、補足しておこうw
もし、どうしても、この分野のセミナーに行きたい場合には
私の知る限り、日本でオススメ出来るのは高木さんのセミナーぐらいです。
他は、、、余ったお金でどうぞでーす(^-^)/

セイラーボブもそうした体験に対して「そういう体験も非二元そのものの体験ではない」といって、否定しています。
について

どうでもいいけど、変な誤解を招きかけないから書いておきます。
確かに体験という言葉は誤解を招きやすいですが、真我の直接的体験はあります。
ネットからのコピペだけどラマナとマハラジの言葉を下記に書きます。
あと、ラメッシもこの世界で唯一価値あることは真我の直接的体験だけと言っています。
taku さんは完全に非二元の観念に捕まってしまっています。

「私は身体だ」という観念に浸っている人は、最も罪深い人です。彼は自殺者なのです。「私は真我(セルフ)だ」という体験は最高の功徳です。「私は真我だ」という体験をもたらす瞑想(ディヤーナ)を一瞬でも持てば、すべてのサンチタ・カルマ(前世から蓄積されてきたカルマ)を破壊するのに十分です。それは闇を払い去る太陽のような働きをするのです。もし、人が絶えず瞑想の中にとどまるならば、いかに重い罪も消え去るでしょう。

ラマナ・マハルシ

****************

質問者
真我の実現とは何でしょうか?
誰が実現した人なのでしょうか?
ジニャーニ(賢者)は何によって認識できるでしょうか?

ニサルガダッタ・マハラジ
ジニャーナ(真理の知識)特有の証拠というものはない。
無知だけが認識できる。
ジニャーナは認識できない。
ジニャーニは自分が何か特別な存在だとは主張しない。
自分自分の偉大さ、特別さを宣言する者はジニャーニではない。
彼らは実現に向けての何か特別な発達を、実現と考え違いをしたのだ。
ジニャーニには、自分がジニャーニだと宣言しようとする意図はない。
彼は彼自身を完全に普通だと考え、彼の真の本性に誠実なのだ。
自分自身を万能の、全知全能の神として宣言することは、明白なる無知のしるしだ。

質問者
ジニャーニは、彼の体験を無知な人に伝えることができますか?
ジニャーナはひとりの人から別の人に伝達できるのでしょうか?

ニサルガダッタ・マハラジ
それはできる。
ジニャーニの言葉は、マインドのなかの無知と暗闇を追い払う力を持っている。
言葉ではなく、その背後にある力が重要なのだ。

質問者
その力とは何でしょうか?

ニサルガダッタ・マハラジ
真我実現の直接的体験をもとにした確信の力だ。

****************

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