38キューバ

2013年11月28日 (木)

キューバからカンクンへ(キューバ11日目・最終日)

カサ・パティクラル→(タクシー)→ハバナ空港→(アエロメヒコ)カンクン→(バス)ホステル

キューバの旅を終えて、カンクンに戻ってきました。

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留守の間もブログで応援のクリックをしていただいた皆様、そしてまたこうしてこのブログを読んで下さる皆様に感謝します。

 旅の様子は11月18日から11月28日に記載してあります。
11月18日から日付順に読んでください。

10日目には衝撃の事実が明らかとなりますが、理解を深めるためにはぜひ日にちを追って最初から読んでいただきたいです。

***

今朝のハバナは曇り。

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      (宿のベランダからの風景。右の建物は国会)

宿の置いてあった雑誌(4travel・2008年12月カドカワメディアハウス)で、アレイダ・ゲバラ(ゲバラの娘)の記事を読んだ。
彼女は父親と同じ医師の道を選び、キューバの親善大使として外国を訪問したりして活躍しているそうです。
また、ゲバラの妻だったアレイダ・マルチさんも、ハバナで暮らしているようです。

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宿で一緒だったイトウさんと他2人の日本人の4人でタクシーをシェアして空港へ。

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定刻通り飛び立ったエアロメヒコ機で無事カンクンに戻ってきました。

キューバの旅も楽しいものとなりました。
キューバの人々は優しく、おもてなし度はかなり高い。
治安の面でも、今まで旅した国の中では、かなり安全な国といえる。
何人かの日本人ともご一緒させてもらい、楽しい旅になりました。

***

革命は成功した。50年以上も前に。そして人々は勝利に酔いしれ、そのまま50年という歳月が流れた。
町には、他の国では必ず見かける看板や広告が一切ない。「HYUNDAI」も「SAMSONG」も「SONY」もない。
50年前の映画のロケをするなら、そのまま何の修正も要らないのではと思える街並み。でも、逆に建物が朽ち過ぎている気もする。

キューバでは今、高校生がiPhoneを持ち、家庭ではインターネットが普及し始めている。
家でプレミアリーグを見ている子供もいれば、外国旅行をしてたくさんの土産を持って帰る人もいる。
しかし国の仕組みは何も変わっておらず、人々の生活は楽とは言えない。

カストロはアメリカの経済封鎖の中、難しい舵取りを強いられ、今まではなんとかうまく切り抜けてきた。
サトウキビと葉巻だけでなく、観光産業も花開きつつある。
しかし、世界の流れから取り残されたこの国はやがて大きく変化せざるえない。
その時期は案外早いのかもしれない。

今日の宿  カサ吉田 ドミ 一泊1200円

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2013年11月27日 (水)

平均月収1500円は本当だった。(キューバ10日目)

カサ・パティクラル→中央駅→鉄道博物館→オビスポ通り→カサ・パティクラル

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泊まっている宿。韓国人か日本人ばかり。窓に立っているのは韓国の女の子。

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国会の前の駐車上ですが、容赦なく鉄のガラクタが放置。国会の窓ガラスは何枚か割れたまま。国会として使っている様子はない。
第一、こんな街中に忽然とあっても要人の警護ができない。

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国会の前の建物も容赦なく廃墟になっている。

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クラシックタクシーはキューバの人が乗ると10クパーノ(40円)。札をかざして、行先を告げて、方角があえば乗せてくれる乗合方式。
外国人観光客は別料金になっていて、交渉次第。

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道を歩いていたら、「チーノ!」と言って合掌するので写真を撮ってあげた。
ここでは毎日何回も「チーノ!」と呼びかけられる。最初はバカにして言っているのかと思ったらそうでもないらしい。
宿のホキーナも「チーノ」と呼びかける。パスポートを見て知っていても東洋人はみんな「チーノ」と呼ぶ。

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中央駅に行ってみた。

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駅前に何台もSLが展示してある。

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切符売り場。
おばちゃんが電卓をたたきながら、手書きで切符を売っている。バスでもそうだけど、切符はすべて手書き。パソコンなんてものは導入されていない。バスに乗った時、「これが切符なの?」と文句を言ったら、「そうだ。失くすと乗れないぞ」と言われた。

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待合スペースにドライブゲームが何台か置いてあった。

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思いっきり雨漏りしています

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首都の中央駅の列車が一日にこれで全部です。

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待っている人もいる。

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列車はいませんでした。

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駅の近くの乗合タクシーのたまり場。人が集まり次第出発で、乗ってジ~ッと待ってる人がいます。

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同じく自転車タクシー。

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下町を歩きます。

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すばらしくボロボロです。こんな建物がそこらじゅうにあります。

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鉄道博物館。

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頼みもしないのにおじさんが出てきて、本を開いて歴史から説明します。スペイン語がわからないので、説明はいいよ、とジェスチャーすると不満そうです。たぶん、今日の午前中の来館者は私だけです。鉄道博物館とはいうものの、ガラクタ置き場にしか見えません。

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古いSLが並んでいます。

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100年以上前のもの。

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ここにはたくさんSLがあって、これがロシアであっちがブルガリアという具合におじさんが説明してくれます。

結局全部で5CUC(500円)取られました。適正料金と信じたい。

すぐ近くにメルカド(市場)があった。

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肉や魚、花などを売っている。

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パパイアを14CUP(64円)で買った。重かったので一旦宿に帰って冷蔵庫へ。

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宿でホアキナさんの親戚の結婚式をやっていた。
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詳しいことは不明のまま外へ。

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CUP(クパーノ)で食えるレストランを教えてもらったので行ったが、キューバ人がたくさん待っていたのであきらめた。

そしてアルマス広場へ。ここからが今日のというか、この旅のハイライトです。

広場のベンチに腰かけて、自作のスペイン語の練習帳を取り出して、あたりをボーッと見ていると、2メートルぐらい隣にキューバ人男性が座っていて、英語の辞書を読んでいた。

しばらくして、その人が「英語はわかりますか?」と話かけてきて会話が始まった。
悪そうな人には見えなかったので隣に行きおしゃべり。
名前をダニエルと言って、アフリカ系で色がすごく黒くて小太り。たぶん30代。

なんでも今日は休日で姪と待ち合わせしているが、それまでの間英語を勉強しているとか。
僕はスペイン語を勉強中だよというと、何でも聞いていいよと言うので、日ごろ疑問に思っていたayer(昨日)の発音やseの使い方など質問したら丁寧に教えてくれた。

しばらくはスペイン語のことをあれこれ教えてもらっていたが、そのうち、どうしてキューバに来たのか?いくらぐらいかかるのか?という話から「月給はいくらなの?」と聞いてきた。
「だいたい2000ドル(20万)ぐらいかな」と答えると、ふう~とため息をつくので、あなたはいくらもらっているのと聞いてみた。

そしたら政府が支給する月給は360CUP(1440円)だという。聞き間違いかと思ってノートに書いて確認したら間違いなかった。
彼の職業は建築関係の現場監督で収入は平均的なものだという。
「でも、その収入で一か月暮らせるの?Tシャツとジーパンを買ったら無くなるじゃない?」と聞くと、彼には奥さんと子供が二人いて、とてもその収入では暮らせないという。

医療費と教育費はすべて国が負担するので、日々食べていきさえすればいいが、なかなか難しいという。
足りない分はどうするかというと、アメリカに住む叔母さんの仕送りでまかなっているという。

他の人はどうやって生計を立てているのか聞くと、一族の誰かが外国にいて仕送りするか、タクシードライバーやカサ・パティクル(民宿)などの観光関係で収入を得て支えあっているという。
医者などの高級取りでもせいぜい月収600CUP(2400円)ぐらいでしかないという。

「でも、タクシードライバーが一回空港に外国人を送って行くだけで500CUP(2000円)も稼ぐのに不公平じゃない?」と聞くと、不公平だけどどうしようもない、できれば自分もそういうふうに稼ぎたいが、車は簡単には買えないし、カサ・パティクルを営むような家もないという。

私が途中で、「アメリカに行こうと思って英語やっているんでしょ」と言うと、実はそうだと言う。
英語教育はこの国では12歳から始まり、一応学校で習うが、たいていの人は喋れないそうだ。

政府に不満はないのかと聞くと、不満があってもどうしようもないと言う。

質問を変えた。
「収入が少なくて生活も苦しいのに、この国は安全で犯罪が少ないのはどうして?」
彼の答えは明快だった。

「この国では教育が充実していて、子どものころから親や先生が、やってはいけないことを繰り返し教え、人に対してはフレンドリーでいるようにと徹底して教える。だから生活が苦しくても悪いことをしないで、人にはフレンドリーなんだ」

私は、月収1500円が本当であることと、人々がここの生活に満足しているわけではないが、かといって暴力で国を変えようというような発想を持ち合わせていないことを理解した。

そうやって話をしているうちに、彼の姪がやってきた。彼が、もしよかったら安い店を教えるから一杯おごってくれないかというので、三人でお店へ。

酒の飲める店で「モヒート」という、ミントの葉を入れたコップにラム酒を入れてソーダで割ったものを飲んだ。
そこでもいろいろと話をして、いつかアメリカに行けるといいねと言ったが、彼が家族全員の航空券を買える日はいつになるんだろうかと思った。

長くハバナにいるならスペイン語の個人レッスンをさせてよと言うので、もう明日カンクンに帰るんだ、機会があればまた個人レッスンに来るからその時は頼むよと言うと、電話番号を教えてくれて別れた。

今日の宿  カピタリオハウス(カサ・パティクラル)10CUC(1000円)。

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2013年11月26日 (火)

ハバナふたたび(キューバ9日目)

朝6時半頃ハバナのビアスール社のバスセンター着→(徒歩)チェ・ゲバラ第二邸宅→(徒歩)セントロのキャピタリオハウスへチェックイン→(バス)ヘミングウエイ博物館→革命博物館→カサ・パティクル

バスは約12時間かかってハバナに着いた。
キューバのバスについて書いておきます。私が移動で乗ったのはビアスール社のバスばかりで、長距離を得意としている会社だそうです。
キューバには高速道路と呼べるような快適な道路はなく、普通の舗装道路をひたすら走る。バスもオンボロのため、振動が激しい。でも慣れというのは恐ろしいもので、それでも眠れててしまう自分が怖い。

バスにはトイレはついているが、たいてい施錠されていて使えない。バスが停まるドライブインなんてものはない。人を乗せるためにバスセンターに停まるので、それがトイレタイム。ちなみ昨夜乗ったバスは特急だったので12時間で一回トイレタイムがあっただけ。

バスセンターのトイレで便座を見たことがない。ドアもまず施錠不可。水が流れないところもあって、言うと係の人がバケツで流してくれる。

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ハバナのビアスール社のバスセンターは不便な場所にあって、セントロから数キロ離れた場所にある。

でも、その近くにチェ・ゲバラ第二邸宅というのがあるので、キャスター転がして行ってみた。

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改装中で公開してなかった。この家は比較的高級な家が建つ住宅街の中にあるが、家はそれほど大きくはなく、要人が住む家には見えなかった。
普通の住宅街の真ん中にあって、警備が大変だったんじゃかいかと思う。
当時のままかどうかわからないが、通り側には窓がない構造になっている。おじさんが出てきて、入れないよと手で合図した。

このままついでにセントロまで歩くことにした。

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フォードが売りに出てました。

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あいも変わらぬ通勤風景。

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イカしたおにいさんのスタンドでハムトーストとマンゴージュース2杯。全部で16CUP(64円)。

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朝の8時なのにバレーボールをやっていた。強いはずやわ。

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肉屋はこんな感じです。にらまれた。

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ゆっくり歩いて3時間かかって国会(キャピトリオ)の裏に到着。相変わらず汚い風景でいいです。

前に泊まったキャピトリオハウス(カサ・パティクラル)へチェックイン。冷たいフルーツジュースとコーヒーを出してくれた。
荷物おいて出撃。今日は最後のテーマのヘミングウエイをやっつけます。

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タクシーで行くと2000円ぐらいかかるので、4円で人民の乗るバスに乗って節度をもって行きます。

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ギューギューの満員。乗れない乗客をどんどん置き去りにして発車。なんか人民でない私が乗って気が引けた。
乗る時は、国会の南のバス停から、P7という路線に乗る。でも、どこで降りるのか知らない。
ギューギューのバスの中で隣の人にiPadminiを見せて、ここで降りるからお願いねと日本語で言ったら、わかった、わかった。

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でも心配無用でした。40分ぐらい乗っていたら、進行方向右手に大きな看板が出てきたので降りた。ちなみにタクシーなら10分で着くそうです。
ヘミングウエイだって車持っていたでしょうから、セントロまで10分でスイスイと繰り出したはず。なんでワシがこんなに苦労して来ないかんの?

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見えてきました。入口の門。

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中に入ってしばらく歩きます。敷地が広大なのに驚きました。
ヘミングウエイはこの地に魅せられ、「誰がために鐘は鳴る」の印税でこの屋敷を買って約30年住んだそうです。流行作家恐るべし。

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入場料は5CUC。家の中へは入れませんが、ドアや窓が開けてあって、そこから中が見えます。

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中は15畳以上の大きな部屋が8部屋ほどあって平屋。おそらく建坪は200坪ぐらい。コンクリートでできている。

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蔵書は8000冊あるそです。

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剥製がたくさんある。

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この家で「老人と海」などを書いたそうです。

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どの部屋のも本があって、トイレにもありました。

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食堂に大きな絵があって、どこかで見たような画風がピンときたので聞いたら「ミロ」でした。文豪恐るべし。

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別の部屋にはピカソが。中央の丸い陶器。友達やったんやろか。
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天体観測用の建物。

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ここから海も見えます。

庭にはいろんな木が植わっていて、竹もあります。

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大きなプールもある。

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愛艇「ピラール号」の前にあるのはかわいがっていた猫の墓。

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この船で釣りに興じたようです。どんだけ金持ちなの。

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入口で売っていたサトウキビジュース。いくらか聞いたら3CUC(300円)なんて高いことを言う。でも、ハバナクラブは入れ放題だよというので飲みました。おいしいー。

帰りは少し良いバスに乗ったら5CUP(20円)も取られた。


そして今度は革命博物館へ。もともとは大統領官邸だったそうです。

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ここにはカストロとゲバラがキューバに来る時乗ってきた「グランマ号」が保存されています。

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でも金網でしっかりガードされていてよく見えず。定員をはるかにオーバーして乗ってきたそうですが、意外に大きい船に思えました。

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戦闘機などの展示もあった。

夜宿に帰ったら、サンタクララで一緒だった「しんちゃん」と再会。
イトウさんという人と三人で中華料理を食べに行った。4品頼んでシェアして食べた。

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写真撮るの忘れました。

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一人7CUC(700円)

三人の意見としては、キューバの食い物はイマイチ。食べ物の選択肢が少ない。久しぶりに思い切り食べた。などです。

今日の宿 カピタリロハウス(カサ・パティクラル)10CUC(1000円)

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2013年11月25日 (月)

サンディエゴ・デ・クーパからハバナへ(キューバ8日目)

カサ・パティクル→セントロ→バスセンター→球場→(バス)今夜18:45発ハバナ行き→明朝7時到着予定

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部屋のテレビは放送局が3局しかやってない。

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エアコンはLG(韓国製)。

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朝食は別途2CUC。

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チェックアウトの時、宿のおばちゃんに「写真撮らせてよ」って言ったら、
「インターネットで宣伝してよ」だって。あんた宣伝なんかせんでもバスセンターにおるがね。

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今日も変わらぬ通勤風景。

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バイクの人も多いです。

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妙な機械を持った人が公園にいたので聞いたら、火炎放射器みたいに火を出して蚊を退治するものだそうです。

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この町には昔路面電車が走っていたようです。

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公園で座っていたら、「マニー、マニー」と言ってピーナッツ売りがやってきた。
ちゃんと複数形で「マニーズ、マニーズ」と言いなさい。
発砲スチロールの箱にいろんな国の言葉で売り文句を書いていたので、日本語で書いてあげたら、お礼にピーナッツを二粒くれた。

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今日は平日なのに昨日より人が多い。

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ポロシャツ、1350円。服と酒はそんなに安くなくて、日本と同じぐらいかなあ。

きょうはスーツケースベルトを捜してあちこち回ったがみつからず、結局ズボン用のベルト(140円)を買った。
スーツケースベルトはハバナの空港ではずれたらしく、ターンテーブルで荷物が出てきた時にはなくなっていた。

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CUP(クパーナ)がなくなったので両替所へいったら大勢の人。すぐ前の店のおにいちゃんがヤミで同じレートで両替してくれた。

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カサ・グランダのカフェでコーヒーを飲んで時間をつぶすことに。

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隣の席にアフリカ系(たぶんキューバ人)のバッチリ決めた若いおねえさんが座った。
しばらく黙って外を見ていたが突然ワシに英語で話かけてきた。

「ここのホテルに泊まっているの?」
「違うよ」
「どこから?」
「日本だよ」
「私はあなたとお話ししたいから、こっちのテーブルに移ってくださらない?」

一瞬、この子は一体何を言っているんだろうと思った。こんなヨレヨレの恰好のおっさんに興味があるわけはない。
興味があるとすればワシの財布。
ハバナの宿で会った大学生が言っていたけど、ハバナのクラブで遅くまでいると売春婦が大勢寄ってくると言っていたのを思い出した。
でも、本当に単なる興味本位で話がしたいだけなら断るのも失礼かな、とか考えたが、この子が入ってきて座った時に、受付の男の人が何か一言二言真顔で話かけたのが注意したように見えて気になった。

結局、「ごめんね、今スペイン語の勉強中なんだよ」と言って断った。

何か気まずくなって店を出て、気が付くとバスセンターに向かって歩いていた。
今日はカフェでゆっくりして、博物館を見て、食事をして夕方バスセンターに行く予定だったのに。

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車の修理をする光景はよく見かける。

バスセンターまでの道々、何か食べるものはないかと屋台や店を覗いて歩いたが、セントロから離れるにつれてだんだんとワイルドな食べ物になっていく。

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ある屋台で、ご飯にあずき汁のようなものをかけて売っていてうまそうだったが、みんな自前の容器を持参して食べていた。
一人のおばちゃんが、これで食べなよと自分の食べたタッパーを差し出したが、ちょっとそれは困ります。結局何も食べずにバスセンターに到着。

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バスセンター前。

近所をあちこち歩いていたら、大きな野球場が現れた。

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ここで今日試合があるのかと聞いたら、無いという。

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でもたくさんの人が中へ入っていくので、私も入った。

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サンディエゴを本拠地とするチームのホームスタジアムらしい。

あと少しでグランドが見えるぞ、という場所まで行ったら、ここから先はダメ、出て行けと言う。
外に出たら張り紙がしてあったので辞書を片手に読んでみると、球場の中にスポーツ関係の役所があって、そこまでは行けますよと書いてあった。

球場の近所を散策したら、球場のすぐ前に、ホテルなんたらと書いた建物があった。
中に入ったらホテルではなくて、球団の関連施設のようだった。

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下の部屋は野球関係の資料室らしかった。

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食堂があって、みんな同じ定食を食べていたので、ワシも食べたいとジェスチャーしたがダメ。お札を出して、お金は払うからと言ってみたが、その人は自分の首を切る動作をして、「お前に食べさせたら俺が首になる」(意味は推定)と言った。どうも職員専用食堂らしかった。

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建物内を捜したら、売店があって、そこで金を出して食べている人がいたので、同じものを頼んだ。
卵サンドとオレンジジュースで64円。もう一回おかわりして昼食終了。

また球場の前に行って座っていたら、中からおねえさんが出てきて、「あんたさっきから何ウロウロしてんの?」(意味は推定)。
「グランドが見たいんだよ」と言ったら、写真はダメだよと言って、一塁ダッグアウト脇の入口から中へ入れてくれた。

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      (この写真は外から別の場所で撮影したもの)

内野まで天然芝が貼ってあるきれいな球場でした。

バスセンターに帰って回りをウロウロ。何か晩飯になるものはと探したが特になし。
結局これを二つ食べて6時45分発のバスに乗った。

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明日の朝、ハバナに到着予定です。

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2013年11月24日 (日)

サンティアゴ・デ・クーバ散策(キューバ7日目)

カサ・パティクラル→セントロ→(タクシー)モロ要塞→セントロ→カサ・パティクラル

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財布を開けてみたら、ゲバラのお札があったので記念撮影。右の列がCUP(クパーノ別名モデナで人民のお金)。左の列がCUC(クックで観光客用のお金)。
3CUPはゲバラの肖像で、3CUCはゲバラの銅像になっています。右の真ん中の人はカミーロという人でカストロはお札にはなっていないようです。

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海が見たくなったので、朝から町を下って海へ。海岸通りに時計台のモニュメント。1929年という文字が見えます。

海岸へ出ようとしたが、なかなか海が見えない。大型船が接岸できるような埠頭はがっちり金網がしてあって近づけず。
密出国防止のためでしょうか。

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やっと海が見える場所に行くと、犬が泳いでいました。

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やっぱり簡単には船に近づけませんでした。

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町の中心に向かって歩いていたら、二階から思いっきり排水が降ってきた。歩いている人の後ろです。

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キューバ歴史博物館。中は改装中で大したものはなかった。

タクシーを拾ってモロ要塞へ。(13CUC約10k)

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入口に灯台があって兵士が駐屯していました。

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大きな要塞です。

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要塞からは対岸が間近で、ここに大砲があると、湾の中へ入るのは容易ではない。

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ここはNHKの「坂の上の雲」でもやっていたが、日本海軍の秋山真之が観戦武官として米西戦争を見た場所。
のちに秋山は旅順港閉鎖作戦を思いつくわけですが、ここに船を沈めて封鎖すればサンティアゴ湾には入れない。

町へ帰って銀行のATMでキャッシングすることに。

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「地球の~」によると、ATMは故障しているものが多いとかで現金を持って行った方がよいと書いてあるので、あまりやりたくはなかったが、とうとう現金が無くなってきたのでやらざる得ない。
今日は日曜日だから銀行は休みでどうしようかとウロウロしていたらキューバ人のお兄さんが声をかけてきて、「あの銀行のATMなら問題ない」というので、国立銀行のATMでやってみた。
そしたら簡単にできた。英語表記もある。しかも100CUC(10000円)出金して手数料が300円。
私はメキシコでATMからメキシコペソを4万円分降ろして持ってきてそれを両替所でキューバペソに換金したが、両替手数料を二回取られているので、これなら最初からキューバのATMでキャッシングした方が得だった。くやしい。
ちなみに現金の両替はアメリカドルが一番レートが悪く、日本円が一番良いようです。

銀行の屋上の温度表示が34度なのがわかりますか?今日も暑いです。

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1万円分降ろした私は大金持ちになった気分。創業99年というカサ・グランダホテルのテラスで休憩することに。

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メニューを見たら、ハバナクラブの15年ものがグラス一杯1350円。これはちょっと高いので、7年もの(200円)をオーダー。まだ午前11時なんですけど。
出てきた酒はウイスキーのような琥珀色。味も高級ウイスキーの味でうまい。
そうか、ラム酒は寝かせると色が付いておいしくなるんやね。15年ものはどんな味がするんやろか。

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サイドカー付きバイクもたくさん走っています。

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5CUP(20円)のチキンバーガー食べた。

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今日は日曜日ということもあって、公園などでドミノ、チェス、ポーカーで遊んでいる人がたくさんいます。しばらく見ていましたが、お金を賭けている様子はなかったです。人がどんどん入れ替わり、待っていればやらせてくれるみたいです。お前もやれと言われたのですが、ドミノもチェスもルールを知りません。

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今日も歩行者天国には大勢の人。

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道端のレストランでカップルがビールを飲んでいた。テーブルの上の容器は中央が円筒になっていて、そこに氷が入っていて、まわりにビールが入れてある。
何リットルか見たら3リットルと書いてある。「いくら?」ってカップルに聞いたら、7CUC(700円)だって。飲みたいが3リットルは無理。
二人で全部飲むのかな、と思ったが、3時間後にそこを通ったら二人がまだ座っていてビールはほぼ空になっていた。
ずいぶん飲んだね~とジェスチャーしたら二人は酔うでもなくケロっとした顔で笑っていた。054
チャベスはなかなか人気があります。キューバは反アメリカ一辺倒というわけでもないようですが、チャベスとは仲がよかったようです。

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5CUP(20円)のピザを食べました。

私は人民のお金CUP(クパーノ別名モネダ)で飲み食いしてキューバ人民の気持ちをわかったつもりになっているが、まだ甘い。何か足りない。
そこで人民の乗るトラックバスに乗ってみることに。

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トラックバスがやってきました。

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3CUP渡したら2CUPお釣りをくれた。

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中は立っている人もいたけど、私が入っていったら席を空けてくれて座れました。
しばらく走って昨日の屋台の通りまで行って降りた。

しかし、これでは人民の気持ちがわかったことにはなりません。人民はいつももっとギューギューの満員トラックバスに乗っています。
でも、今日は暑いのでこれ以上はやめておきます。

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高層住宅が何棟か建っていた。人民の暮らしを知るために、いっちょう入ってみようとエレベーターの前まで行ったら、ボロボロのエレベーターの前に、五人以上乗るなと張り紙がしてあったので怖くなってやめた。

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今日も屋台がたくさん出ていて、新鮮な魚をきわめて新鮮ではない油で揚げて売っていました。

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あずきご飯を豪快に炊いていた。

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博物館の前でブラスバンドが演奏していたのでしばらく座って聞いた。パーカッションとマラカスの効いた曲を何曲もやった。

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夕方、ドロレス広場に面した昨日のレストランへ。
入っていったら昨日のウエイトレスがいなくて、今日はウエイター。そいつがCUCの値段のついたメニューを持ってきた。
それが昨日のCUP(モデナ)のメニューよりも3割ぐらい高い。内容はまったく同じなのに。

「おりゃー!ナメとんのか!ワシはキューバ人民と同じ暮らしを今日一日やっとるんや!」とテーブルをひっくり返すようなことはしません。
「地球の~」にも、CUPで食べる時は節度をもってやるようにと書いてあるので、節度をもって「きのうはモデナで食べたんだけど、モデナのメニューはないの?」と聞いたら、奥の人と相談してモデナのメニューを出してくれた。

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昨日より高いものを食べて、ビールを2本飲んだ。チップ、ビール込みで全部で180CUP(720円)。
これは魚にチーズをはさんでころもをつけて油で揚げたもの。ニンニクが効いてうまかった~。人民はうまいものを食べている。

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食べ終わって一階に降りたら外は土砂降り。入口で4人のおっさんが雨宿りしながらラム酒を回し飲みしている。それぞれは連れじゃなく、たまたま雨宿りしている同士。「お前も飲め」と言われたら嫌だな~と思ったけど、言われなかった。

キューバの人は私たちから見れば貧しいけれど、決して不幸じゃない。
新車も新築の家も無いけれど、物が無いということは、かえって幸せなのかもしれない。隣の人が新車を買って新築に住めば自分も欲しくなって、買えない自分が情けなくなるけど、無いんだからどうしようもない。古い車を直して乗ったり、何十年も前の家にペンキ塗って住むしかない。

東欧を旅してその国の若い人が、「自分の国は貧しい」とか「金が無いと何もできない」と言うのを時々聞いた。でもキューバの人たちにはそんな卑屈さは微塵もない。
「俺たちゃいい音楽があっておいしい食い物さえありゃそれで十分さ」ってな感じが伝わってくる。

温暖な気候、青い海、陽気な人々。ラム酒、サトウキビ、葉巻、音楽、そしてチェ・ゲバラ。キューバはかけがえのないものをたくさん持っている。

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いっぺんに読んでもらうことになるかもしれないのに毎日長くてすいません。
毎晩Wi-Fiが無くて、これを書く時間がたくさんあるものですから。

今日の宿 NANCY MENDEZ(カサ・パティクラル)ダブルの個室 10CUC(1000円)朝食別 連泊

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2013年11月23日 (土)

サンタクララからサンティエゴ・デ・クーバへ(キューバ6日目)

昨夜24:25サンタクララ発夜行バス→12:10サンティエゴ・デ・クーパ到着→(タクシー)カサ→(徒歩)市内見物→カサ・パティクラル

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朝、目を覚すとバスは延々とサトウキビ畑の中を走った。放牧かサトウキビしか見当たらない。

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バスのフロントにはヒビ。12時間を運転手二人で交代しながら行く。一時間に一回ほど停まって乗客の乗り降りがある。
高速道路なんてものはない。写真のような普通の道路が延々と続く。

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やっと到着。バスセンターから降りたら大勢の客引き。バスから20人ほどの観光客が降りたが、それぞれ客引きの手配したタクシーで町へ。
私は明後日のハバナ行きの切符を買っていたので、一人だけ出遅れて、外に出たら客引きの集中攻撃に。
面倒だったので、片っぱしから断っていたら、タクシーもいなくなって、どうやって町に行ったらいいかわからず不安に。
最後までしつこく勧誘してくるおばちゃんがいて「宿は10ペソで個室。宿までのタクシーは2ペソだよ」と明朗会計を強調するので、おばちゃんに連れて行ってもらうことに。

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おばちゃんが連れてきたタクシーはオンボロクラシックカー。なかなかツボを心得ておるやないの。うれしい。

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なかなか素敵な家でだんなさんもいい人でした。

さっそく荷物を置いて町歩き。

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向こうに海が見えます。ここは人口35万人のキューバ第二の町だそうですが正直田舎です。

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路上でキャッチボールをしていた。今までサッカー一辺倒の世界を歩いてきたので、なんだか嬉しくて思わず写真を撮ったら、近くでお姉さんたちが「こっちも撮ってよ」攻撃。よろこんで。

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学校で少年野球をやっていた。

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硬式ボールです。

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ピッチャーはきれいなフォームでなかなか速い球を投げるがホァーボールを連発で満塁。コーチの方が熱心に大声を出している。
サードゴロを三塁手がハンブルしてホームイン、なおも満塁。
シュートへゴロ。ショートのちびっこ取って一塁へ。球が一塁に届くのかと思ったらノーバウンドで楽々アウトでツーアウト。
次がセカンドゴロ。セカンドがっちり取って一塁へ。アウトで試合終了。

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選手、コーチ、父兄みんでハイタッチして大喜び。野球の国やね。

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朝から何にも食べてないのを思いだしてスタンドでハンバーガー二つ。全部で15CUP(60円)。もうCUP(クパーナ)で生きていくもんね。

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そして本日のメイン、「7月26日モンカダ兵営博物館」へ。ここはカストロが1953年7月26日に121人の仲間とともに武装蜂起して襲った兵営でした。大きな建物で、120人で襲うのはちょっと無謀ですね。でも無謀でなきゃ革命なんてできないでしょうけど。

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銃弾の跡が残されています。入場料が2CUC(200円)と高いです。キューバではたいてい1CUC(100円)でどこでも見れるので助かります。

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これはグランマ号でキューバに上陸した人の写真。左の方にカストロもゲバラもいます。

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ゲリラと言っても、やはり戦争なので、山中に潜伏して武器でやりあったんですね。

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カストロもゲバラも若いです。

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博物館の前で油を配達していて、ポンプが動かないので点検していました。古い車のボンネットを開けていじくる姿を町中で見ます。

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歩いていたら、ビクトリアなんたら通りにたくさんの屋台が出て賑わっていました。
「毎日なの?」って聞いたら、週末だけだそうです。もっとスペイン語が喋れたらなあと毎日思います。

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CDも売っています。フリオイグレイシャスが見えます。

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あちこちで大きな豚の丸焼きを焼いていました。

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映画館に入ったらフィルムコンサートのポスターがあった。アバとかサイモンとガーファンクルとか古いのなんの。

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移動遊園地でちびっこが楽しそうでした。

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革命から50年も建っているのに未だにこの人気。右の人はカミーロ。

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夕方の移動ラッシュが始まりました。

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車検や企業に騙されているだけで、本当は車は50年ぐらいは持つんですね。きっと。

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電気屋さんに入りました。

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洗濯機は二層式のものしか置いてない。一台27000円でした。テレビはブラウン管のものが25000円で薄型が50000円。
やっぱり月収1500円はない。

町を歩いていたら戸外でパソコンをやっている人がいて聞いたらWi-Fiだそうです。iPadminiで確認したら電波飛んでました。
宿で大家さんに聞いたら、息子の家ならやれるよと言っていました。
ハバナでは飛んでないWi-Fiがここでは飛んでいる。ひょっとするとここから85キロ南に行ったところにあるグアンタナモ米軍基地と関係があるかもしれません。

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メトロポリタン教会。

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市役所

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お店におしゃれな子がいたので内緒で一枚。

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マンチェスターユナイテッドのシャツを着て手作りのスケボーに乗っている子がいたので捕まえて聞いたら、テレビで試合が見えるそうです。

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ドロレス広場の前を歩いていたら、かわいいおねえさんが「モディナ(CUP・クパーノ)で食事できますよ」なんて心を揺さぶるので入ってみた。

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焼魚のプレート。ビール、チップ込で520円。むちゃくちゃ美味かったのでまた明日も行こうっと。

今、夜8時で宿でこれを書いていますが、2軒隣が店でランバダやラテンの心地よい音楽を流しています。今日も楽しい一日でした。

今日の宿 NANCY MENDEZ(カサ・パティクラル)ダブルの個室 10CUC(1000円)朝食別

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2013年11月22日 (金)

サンタクララからサンティエゴ・デ・クーパへ(キューバ5日目)

カサ→サンタクララ見物→夜0:20発サンティエゴ・デ・クーパ行き夜行バス(12時間乗車)→明日12時ごろ到着予定

ここでゲバラ、カストロのことを簡単にまとめておきます。あまり正確ではないかもしれませんのであとは自分で調べてね。

ゲバラはアルゼンチンの裕福な家に生まれ、医大を卒業。青年期に二回、中南米を長期旅行し見聞を広めています。二回目の旅行中メキシコで後に奥さんになる人と出会い、奥さんの影響で社会主義運動に傾倒していきます。

一方1950年代のキューバはバティスタという人が大統領をしていて、この人はキューバの国策企業ともいえる多くの会社をアメリカに売り渡して私腹をこやし、その陰でキューバの人民は極貧にあえいでいた。
そうした人民の中から武装蜂起したのがカストロです。カストロは120人の仲間と一緒にサンチャゴ・デ・クーパの兵営を襲撃するも失敗。投獄されるが、カストロを殺すなという国民世論のおかげで恩赦となり出獄、メキシコへと亡命。

メキシコでゲバラはカストロと意気投合、軍医として従軍を決意。82人の仲間とともにグランマ号でキューバへと向かいます。事前に情報を知ったバティスタ側はアメリカからの精鋭部隊で攻撃。カストロ側で生き残ったのはたった12人。山へ逃げ込んでゲリラ戦を展開します。
この時カストロは「12人も生き残った。われわれは勝利したも同然だ」と言ったそうです。

カストロに賛同する人々は次第に増え、運動は広がり、とうとうバティスタ政権を倒して革命は成功します。カストロは国家元首となり、ゲバラはナンバー2の地位まで上り詰め、大臣となります。

社会主義となったキューバはアメリカの会社まで国有化すると宣言。怒ったアメリカは経済封鎖に出ます。ゲバラは通商の相手を求めて世界中を飛び回り、日本にも来たことがあるそうです。

国内が安定してくると、ゲバラの中に新たな思いが生まれます。もっと苦しんでいる人々を救いたいと。そして新たな活躍の場をボリビアと定め、そこでも自らゲリラとなって運動を展開。
ボリビアでの体制も整わないまま政府軍と戦闘になり捕えられ、翌日銃殺された。

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朝のサンタクララ通勤風景です。

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みんなそれぞれの手段で出かけます。

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私たちは徒歩で。
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見えてきました。チェ・ゲバラの霊廟です。サンタクララはゲバラが列車を襲って政府軍の武器を奪って革命を勝利に導いた地。
死後何十年かを経てボリビアから戻った遺骨はカストロの手でここに埋葬された。

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台座にはゲバラの言葉、「勝利に向かって常に」と書かれています。

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朝からたくさん人がいます。

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裏には博物館に入る高校生がたくさんいた。

地下が博物館になっていて、ゲバラの若い頃の写真や成績表などがあった。10段階評価で歴史が9だったけど、他は4から6が多くて、そんなに成績優秀というわけじゃないですね。

地下の霊廟にはガスの灯がついていました。

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近くに墓地があって、革命で命を落とした人が大勢眠っていました。

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ここにも炎が。
ここでキューバの高校生が写真を撮っていましたが得意気に「iPhone!」と言ってiPhoneを見せてくれました。WiーFiも飛んでないのにどうして持っているんでしょうか。

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今度は馬車に乗って、ゲバラが列車を襲って政府の武器を奪った現場へ。馬車は2CUC(200円)。

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今も電車が走っている線路のすぐ脇にモニュメントがある。

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貨車の中には武器が少し展示。

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ゲバラは300人の兵を率いて、戦車や数千人の歩兵に守られた武器輸送車を巧みに襲った。
ここで大量の武器を手に入れたことで形勢は革命軍に傾き勝利へと繋がっていきます。
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歩いていたら消防署にもゲバラの写真。
どこへ行ってもいまだに大人気の英雄です。

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昼飯を食べようと広場へ。

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マクドナルドがあったぞ~。でもキャラクターが違うし、食パンのサンドイッチが100円やし。

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チキンとビールで220円。

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ここで「しんちゃん」はハバナへ戻るのでお別れ。この自転車タクシーは200円で3キロぐらい乗れるけど、別に観光用じゃありません。馬車タクシーと同様庶民の足です。

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私は夜中の0:25発のバスなので公園を散歩。パンクロッカーが数人集会をやっていた。コベントガーデンかと思うぐらいバリバリのパンク。モヒカンヘアーにツンツンの髪型。鼻ピアス、頬ピアス、口ピアス。刺青入れ散らかし。命からがら一枚写真を撮ってみた。

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刺青のクオリティーが低いんですけど。

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きれいな高校生も撮っておきました。

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サングラスは高校生の必須アイテムです。携帯持っている子もチラホラ。

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小学生がおもしろいゲームをやっていました。しりとりかなんかをやって、間違えた人は片足を出すんです。間違えた人が次々乗せていくので一番下の人が「痛い~」と言って悲鳴を上げるのをみんなで楽しんでました。

あと、順番に何か言いながら、一人がエッチなポーズを取って、それを次の人も真似しなけりゃいけない遊びをしていました。かわいいのなんの。

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20円のアイスを食べたり、クラシックカーを眺めたりして暇つぶし。

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そして時間になったので馬車タクシーでバスセンターへ。

参考までにハバナーサンティエゴ・デ・クーパーの時刻表を載せておきます。
トリニダーからサンティエゴ・デ・クーパーへは、朝8時発夜8時着の一本しかなくて不便なので、ちょっと戻ってサンタクララへ来た次第です。

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待合室のテレビで、スタートレックの古いやつをやっていました。たぶんファーストシリーズ。それが終わると、アクターズスタジオのインタビューでエルトン・ジョンが出ていました。
反米一色ということはないんですね。英語の洋楽も町に溢れている。でも、時々チャベスを賞賛するよな写真があって、よくわからんです。

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ビアスール社のオンボロバスがやってきました。これから12時間かけて、キューバ第二の町、サンティアゴ・デ・クーパまで南下します。

今日の宿 車中泊 バス代 2300円。

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2013年11月21日 (木)

トリニダーからサンタクララへ(キューバ4日目)

カサ・パティクラル→市内見物→トリニダーバスセンター→サンタクララバスセンター→カサ・パティクラル

宿の朝食。

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宿。中央の黄色の建物。
右の水色の建物にある「エ」みたいなマークがカサ・パティクラル(民宿)のマークですが、この町はものすごく多い。世界遺産のせいかなあ。

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トリニダーは人口35000人の小さな町。その昔はサトウキビの産地として栄えたそうです。

通りの露店ではいろんなものを売っている。

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市役所。

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靴が500CUP(2000円)は高い。でも日本だって一か月分の月給ぐらいしていた時代もあったからなあ。

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馬車がたくさん活躍している。

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サンティシマ教会。

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下の景色はコインになっています。

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革命博物館。

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ゲバラがメインです。

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カストロとゲバラがキューバへ向かったグランマ号。

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政府軍によって殺された同志の写真が貼ってある。

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塔から世界遺産の街並みが見えます。

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私がタイルの写真を撮ろうとしたり、家の写真を撮ろうとするたびに「one peso」とぬかすので、「one peso,ten pesos,hundred pesos!」と言ってババアの写真を撮ったらバカ受け。

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この布が特産品だそうです。糸を一本一本抜いて模様を作るので、一枚仕上げるのにものすごい時間がかかるそうです。

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この屋敷は奴隷を使ってサトウキビ農園を経営して大儲けしたイスナガという人の屋敷。

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立派な屋敷です。

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塔に登ったら、ボロボロのプロペラ機が飛んできた。遊覧飛行だと思うけど、無謀な人もいるもんやね。遠くに見えるのは海。
この塔の鐘の音で奴隷に合図を送ったそうです。
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基本的なことを一つ。
今キューバに住んでいる人たちのルーツは誰でしょう。私はこれすごく疑問に思っていたんですが、今キューバに住んでいる人のルーツはアフリカから無理やり連れてこられた黒人奴隷だそうです。

もともとキューバには原住民がいたそうですが、スペイン人がやってきて絶滅させた。そのあとで、労働力として黒人奴隷を大量にアフリカから連れてきて、その人たちの子孫が今ここにいる。

もちろん、その後ヨーロッパの人が移住したり、華僑がやってきたりして今はいろいろな人がいるわけですが、大半はアフリカ系の人だそうです。
人間の歴史というのは侵略の歴史なのでしかたがないことですが、日本のように昔から同じ民族が住んでいる国から見ると、わずか五百年前の祖先と違う人たちが今住んでいる国ってなんか不思議な気がします。

奴隷船の絵が展示してあった。

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ものすごい数の奴隷を船で運んだようです。ぎゅうぎゅうに詰め込んでいるので途中でたくさん死んだそうです。

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アフリカから奴隷を運んできて、ここで降ろして、今度はサトウキビ製品などの特産品を積んで行ってアフリカで売り、また奴隷を買い付ける。その奴隷をサトウキビ畑で働かせてまた儲けるの繰り返しで莫大な資産を残したそうです。

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建築博物館

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町の酒屋。酒は日本と同じぐらいの値段です。

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葉巻がキューバの特産品ですが、一本600円から2000円ぐらいまで。高いです。

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ピザ屋があったので食べました。

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6CUP(24円)。けっこうおいしかったです。

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3時のバスでサンタクララへ向かいます。バスは中国製です。
本当はここからサンチアゴ・デ・クーバへ行こうと思っていたのですが、バスが一日一便しかなく、しかも朝8時発で夜8時着と不便なので、少し戻ることになるがサンタクララへ行くことに。

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車窓からはサトウキビ畑と牛ばっかり。やることは農業しかないんですね。海で泳いでいる人もいました。

サンタクララに着いて、バスセンターでいっしょになった日本人の大学生の「しんちゃん」と一緒に宿探し。彼は昨日トリニダーで8CUC(800円)で泊まったと言うんです。私は24CUC(2400円)。ちょっと見習わなきゃいかん。

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二人で自転車タクシーに乗りました。二人で2CUC(200円)。

町に着いて二件目で10CUC(1000円・食事別)のツインの部屋を見つけて二人でシェアしてるので一人5CUC(500円)です。安~い。

宿でレストランを紹介してもらって食べに行った。

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魚とチキンとエビと、なんかいっぱい出てきてビールも飲んで一人5CUC(500円)。おいしかった~。

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シェアするといろいろ得なんやね。

今日の宿 名前が読めないけどカサ・パティクラル(民宿)500円

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2013年11月20日 (水)

ハバナからトリニダーへ(キューバ3日目)

カサ・パルティクラル→(全部徒歩)両替所→革命広場→中華街→(乗合タクシー)トリニダー→カサ・パルティクラル

朝、まず両替所へ

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CADECAというのが両替所のこと。CUC(観光客用ペソ)はまだあるけど、CUP(人民用クパーノ)がなくなったのと、田舎に行ったら両替も大変だろうと、残りのメキシコペソを全部両替することに。
窓口で数えて見せて2500ペソだしたら「2000よね。」とお姉さん。「No!2500!」と抗議して一旦全部返してもらって、再度お金を一枚づつ広げて数えて見せてまた渡した。
こういうごまかしは平気でやってくる。そりゃ、この人の年収分ぐらいのお金を持って両替に来るんだからダメもとでごまかそうとするのも無理はない。たかるのはいいけど両替のごまかしはやめてよ。疲れるなあ。

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今日も国会の前にはクラシックタクシーがずらり。

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ボロイのもあります。

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3~4キロ歩いて革命広場へ向かいます。暑いですよ~。30度以上あって、汗がベトついて気持ち悪いです。夏を追いかけて旅しようなんて思っていたのは浅はかでした。

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庶民はこういうタクシーです。

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新しい車もあるにはあるがそう多くない。やっぱり高いから手が出ないんやね。

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オ~!こじゃれたショッピングセンターがあったぞ~。

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なんとアディダスがある~。他にはブランドショップはないみたい。

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革命広場到着。内務省のビルにゲバラの肖像。

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右手のビルのカミーロという人も革命で活躍した人だそうです。
カストロの銅像やモニュメントはありません。カストロはまだ存命中で、偶像化されるのをひどく嫌うそうです。人柄ですね。

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ホセ・マルティ記念博物館。中にホセ・マルティ関連のパネル展示(説明はスペイン語)があった。ホセ・マルティはキューバ独立のために尽力した英雄だそうです。

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おお、この絵はメキシコシティーで見たディゴ・リベロの壁画です。そこに亡命中のホセ・マルティも出てきたんですね。つながりました。

そして今日は宿の情報ノートに書いてあった25CUP(100円)で食える店に行きます。

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華人街と言っても中国人らしき人は一人もいません。

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すばらしい建物です。

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私は最初、この中華街の中にある店だと勘違いして探したんですが、ありません。
地図をよく見たら、中華街の外にある店と判明。

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ちょっと汚すぎる店です。

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でも、食べました。25CUP(100円)。おいしかったですが、普通に中華街で食べても1000円ぐらいなので、そっちで食べればよかった。貧乏な若者はこんなにも苦労して旅をしているんでしょうか。あ、いけません。同じ宿に泊まっているんでした。

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排ガス規制なんかないので道路がモヤっています。

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国会のすぐ裏に機関車のスクラップを見せているところがあってびっくり。

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宿に帰ってタクシーを待ちます。乗合タクシーを宿の大家さんに頼むと、バスと同じ25CUCでトリニダーまで行ってくれるので楽ですよ、と大学生が言っていたので、これにした。

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乗合タクシーは指定の時間から1時間遅れて宿にやってきた。どうもこれはヤミタクシー。韓国製(KIA)の新しい車で8人乗り。
スェーデンから来た2人が先に乗っていて、いろいろと話をして世界一周中だと言ったら、すごい金持ちかと聞かれた。やつらの方が断然おしゃれで、一人は水色のブレザーを着てました。このくそ暑いのに。
この車は市内のあちこちで客を拾っていくので、市内を一時間ぐらいぐるぐるまわった。

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こんな体育館が出てきたぞ~。

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やっと広い道を走り始めたと思ったら、こんな4車線のだだ広い一直線の道を2時間も走った。これは料金を払う高速道路ではないが、制限速度は100キロ。
ただひたすらまっすぐ。こっちは運転手に悪いかと思って助手席で必死に眠気をこらえていたが、ドライバーはまっすぐ前を見たまま。時々携帯でメールを打ったりしている。

道路脇でお札をかざしてヒッチハイクする人が大勢立っています。交通機関がないってことやね。

日が暮れて、まっすぐな道からそれて、今度は真っ暗な道をかなり走った。街灯も何もない。突然自転車や人が現れてビビるが運転手にはよく見えるらしい。これはかなり慣れた人でないと目的地に着けない。

そして5時間かかってトリニダーに到着。スエーデン人が「宿の予約がしてないなら一緒に来たら」と誘ってくれたけど、やつらの宿は25CUC(2500円)の宿で、おまけにやつらは2で割るからいいけどこっちは一人。
今朝宿で情報ノートから、朝飯がおいしいという15CUC(1500円)の宿を一か所写してきたので、そっちへ行くよと言って別れた。その宿に行ったらあいにく満室。

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子供がナイター見ていました。
かわりに近所の宿を紹介してくれて、今日は20CUC(2000円)のダブルの個室。なんや、キューバは人民は安く暮らしとるかもしれんけど、旅人には安くない。スペインよりも金かかるやないか。
ついでに書いておきますが、宿の子はパソコンに向かってインターネットやってました。WiーFiは飛んでないので有線みたい。人の話ではアクセスできるサイトに制限があるそうで、もちろんブログの更新はできません。

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荷物を置いて外に出たらもう9時。少年少女が大勢いる建物があったのでヤンママに覚えたてのスペイン語で「これは何ですか?」と聞いたら映画館だって。もう9時やぞ~。まあここは一年中夏やでええか。

レストランを覗いてみたが、高い。飯食ってビール飲んだら1000円以上する。
ハバナより高いやないの~。クパーナで100円で食える店はないんですか?

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そんなにお腹も空いてなかったので、店でラム酒とコカコーラとビスケットを買って帰った。
でもラム酒(ハバナクラブ)を買ったのをちょっと後悔。今飲みながら書いてますが、度数40パーセントで汗は出るは酔うわでちっとも気持ちよくない。Tシャツ脱いでも暑いし蚊も寄ってくる。
最初はストレートで、あとでコーク杯にして飲んでいるが、これは体に悪いし、まずい。こういう酒はろくでなしの浮浪者かジゴロがカクテルにして飲む酒や。ビールにしときゃよかった~。

今日の宿 Trinidad de Cuba ダブル個室 朝食別20CUC(2000円)

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2013年11月19日 (火)

ハバナ散策(キューバ2日目)

カサ・パティクラル→フェルサ要塞→モロ要塞→カバーニャ要塞→第一チェ・ゲバラ邸→ハバナクラブ博物館→カサ・パティクラル

Wi-Fiが無い生活ってなんて快適なんでしょう。メール確認しなくてもいいし、ニュースも見なくていい。
ひと昔前に海外に出るとこんな感じでしたが、テレビもないのでそれ以上です。
でもブログはためると面倒なので毎日書いてます。
今日も元気に写真多目、文章少な目でいくぞ~。

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韓国人の子が大勢泊まっていて一緒に朝食。
パンにガヴァ(黒い羊羹みたいに見えるやつ)を塗って食べます。
この他に卵焼きが出た。生ジュースはいろんなくだものが入っているようで、おいしい。
台所には冷蔵庫にガスレンジ、電子レンジもあります。ちなみに大家さんの息子はパソコンでインターネットをやってました。Wi-Fiは飛んでません。

002
                       街並

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ここではクラシックカーじゃなくて現役の車。

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公園に行ったら、カストロにそっくりな人がいたので、写真を撮ってもいいか聞こうとしたら、仲間を呼んで、また別のカストロのそっくりさんが来た。
なんや、商売か、写真はやめた。
そこで休憩していたら、隣で観光客がスペイン語で、今日プロ野球が見られる場所はないかと聞いていた。興味があったのでワシも参加。
ハバナから2時間半ほど行ったセント・スプリティスという場所でナイターがあるというが、往復5時間は行けない。
でもそれを教えてくれた兄ちゃんは中日ドラゴンズのことをよく知っていました。そういやあ昔キューバの選手が中日にいたよね。

オビスポ通り。

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フェルサ要塞。

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中は大したものはないが、おばちゃんがマンツーマンであれこれ説明してくれた。
たぶんそうくるだろうな~と思っていたら、最後に物陰でサイフを出してチップちょうだい攻撃。1CUC(100円)あげました。やられっぱなし。

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運河を挟んで対岸に要塞が二か所と第一チェ・ゲバラ邸があるので行きたいが海底トンネルのくぐりかたがわからない。

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その前にカテドラル見物。

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支倉常長の銅像が建っていました。ここへ寄港したんですね。

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海底トンネルを歩いて行こうと思ったら歩道がない。人に聞いたらタクシーで行けという。でも、バスが走っていたのでバス停を聞いて、人民の乗るバスで行った。

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料金はなんと1CUP(4円)。さっきチップをたかられた分を取り返した気分。

まずはモロ要塞へ。ここから見るハバナの町は最高と「地球の~」に書いてあったので来たかった。

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すばらしい!

続きましてカバーニャ要塞。ここも景色がすばらしい。

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歩いて第一チェ・ゲバラ邸へ。途中に撃ち落したアメリカの戦闘機の翼や、ソ連製の戦闘機の展示があった。

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ここらあたりは観光名所なので、クラシックタクシーがいっぱい駐車。

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この写真が表にあって、できすぎ。いやん!かっこ良すぎる。

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この家は仕事をしたり、人に会ったりするための家だったようです。ゲバラの机やベッドがありました。
チェ・ゲバラのチェというのは名前ではなく、もともとはスペイン語の「よお!」という呼びかけの言葉だそうですが、ゲバラが人に話かける時にいつも「Che!」と言って呼びかけていたので、チェ・ゲバラというニックネームになったそうです。
私はこれからは「ゲバラ」という名前で書きます。

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「活動家や人民がどうあるべきかを説くなら、ゲバラを見習えと言いなさい。」カストロの言葉です。
ゲバラはカリスマ性があるだけでなく、誠実で人格的にもすばらしい人だったそうです。
売店のお姉さんは英語ができたので、ゲバラの子供たちは現在はどうしているのかと聞いたところ、娘さんはキューバに住んでいるそうですが、息子については知らないということでした。
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帰りも人民のバスで対岸へ。

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人民のお金(クパーナ)を使ってお菓子購入。6CUP(24円)でした。

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工事中が多いです。

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人民のお金(CUP)で食事しようと、昨日ビールを飲んだ店へ。あれ~、昨日のおっさんがいて挨拶してきたぞ。無職なのか?

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全部で70CUP(280円)と意外に高い。情報ノートによると、25CUP(100円)ぐらいで食べられる店があると書いてあるのでまた明日。

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ビエハ広場。途中、アルマス広場を通ったら、昨日の元ピッチャーがいて挨拶してきたぞ~。無職なのか?

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ハバナクラブというラム酒の博物館へ

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昨日たかられたラム酒を一杯飲んだ。効く~!でも、カクテルは好きじゃない。ビールが一番。

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お店にいくつか入ってみたが、商品があまりなく、選択肢が少ない。
店というよりも購買部という感じで飾り気のない店が多く、店内は薄暗い。
アメリカの経済制裁でコカコーラなんか売ってないかと思ったら売っていた。

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近所の八百屋でパパイアを買ったら20CUP(80円)。嬉しい~。

昨日、平均月収1500円と書きましたが、それは宿の情報ノートにも書いてあるし、同宿の大学生が言っていたものですが、どう考えてももう少しあるような気がします。Tシャツが500円でジーパンが1000円ぐらいしている。Tシャツとジーパンを買ったらもう給料が無くなる計算になる。
でも一方でバス代が4円というのも現実。
人民のお金(CUP)と観光客用のお金(CUC)をゴチャゴチャに使うので、バス代が4円(1CUP)でアイスクリームが200円(2CUC)だったりして、混乱しています。

今日の宿 カピトリオ・ハウス ドミ 朝食洗濯付き 10CUC(1000円)

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