65タンザニア

2014年7月18日 (金)

ダルエスサラームで両替詐欺に遭う(タンザニア)

これは昨日、7月17日の話です。
ザンジバルから朝ダルエスサラームに着いた私は、その足でウブンゴのバスターミナルへ行き、翌18日の朝6時発のブジュンブラ(ブルンジ)行きのバスのチケットを買った。

また町に戻るのも面倒だったし、わざわざ危険と言われる町に泊まるよりはターミナル近くのホテルで休もうと、ターミナル横のホテルにチェックインしてのんびりしていた。
夜になって、ふと資料を読み返すと、ブルンジの国境でビザ代が40ドル必要で、しかも国境ではお釣りがないのでピッタリ用意しなければならないと判明。

100ドル札は持っているが、ピッタリはない。モザンビークの国境でも同じで、その時もお釣りがなくてお釣りは没収された。あの時は数百円だったが、明日は下手をすると60ドル没収になる。

外はもう真っ暗だったが、町へ行って両替することにした。ホテルの受付の人が、「パソコンやカメラなどの貴重品は部屋に置いていかなように」というので、重い荷物を背負って、ダラダラ(ミニバス)に30分乗ってアフリカ屈指の危険な夜の町へ。

7時を回っていたので、もう両替商はどこも開いてなかった。しかたなく闇両替商を捜した。すると二人ずれの男が「両替?」と声をかけてきた。

「100ドル紙幣だけど、両替は10ドルだけでいい。残りの90ドルをドル紙幣で欲しいけど、できる?」と聞くと、

「ああ、できるよ。でも今手持ちがない。ボスのところへ行って変えてきてやるから100ドル札をよこしな」

「だめだよ。持ち逃げされたら終わりじゃない」と言うと、その男は、それなら100ドル分のシリング札をお前に預けるから、帰ってきたらドル札と交換しようと言う。

「ボスのところへ一緒に行くよ」と言うと、「ボスはインド人で人目を嫌う。シリング札を置いて行くから俺を信用しろ」と言って、100ドル分のシリング札、166000シリングを目の前で数えて私によこした。

数えろと言うので言われるままに数えたところ、ちゃんと166000シリングあった。
男はいったんそのお金を私の手から取り戻し、丸めて輪ゴムをかけ、
「こんな人通りの多い場所で大金を見せちゃ危ない。ポケットに入れろ」と私の手の平に札を戻して私のポケットに突っ込んだ。

連れの男が、「あいつが帰って来るまで俺がお前といるから安心しろ」と言って残り、100ドル札を持った男はどこかへ消えた。
しばらくして、残っていた連れの男が、隙を見て走り去った。

その瞬間に騙されたとわかった。今、ポケットに入っているのはおそらく、すり替わった偽札か新聞紙。
ポケットから札を出すと、外側の一枚だけが10000シリング札で、中は2000シリングと500シリング札の束。やられた!

茫然とする私。ずっとあの男の手元を見ていたし、すり替えた形跡はなかったのに。あの輪ゴムをかける一瞬に札束をすり替えたとすると、おそろしく鮮やかな手さばき。ニセ警官にやられた時と同じや!
アフリカ屈指の危険なダルエスサラームの夜の町で自爆してしまった私。
アフリカ屈指の技を見れてよかったわ~!って言ってる場合か~!
札束の小道具を用意しておかないとあんな芸当はできないから、みんな同じようにやられているんやろね、きっと。

よこした少額紙幣は本物だったので、実害は7600円程度。しかし、金額以上にやられたダメージは大きい。少額ドル札欲しさに自爆してしまった私。なさけなさに茫然とする私。
でも考えようによっては、ビルの影に連れていかれて、刃物が出てきてパソコンから何から取られた可能性もあったわけで、まあ、7600円で済んでよかったか。

両替をあきらめて、またダラダラに乗って帰ることに。やられたことばかり考えてボーッとしていたら、全然見たことがない景色が出てきて、乗り過ごしてかなり遠くにきてしまったことに気付いた。それからがまた大変。

わけのわからん場所で降りたが、引き返すバスは来ない。あたりは真っ暗で、どれぐらい遠くへ来たのかわからない。タクシーに乗りたいが、ここはタクシー強盗のメッカ。
泣きそうになりながら歩いていたら、バイクタクシーのおっさんが「乗る?」。

バイクだって、仲間のいる路地へ連れていかれたらひとたまりもない。迷ったがもうヘトヘトに疲れていたので"Are you a good driver?"なんて変なことを聞いたら"Yes!"。
周りのバイクドライバーが、そいつは悪いやつだとみんなで冷やかす。

ビビリながらバイクタクシーの背中に乗ってホテルへ帰ってきてこれを書いている。アホや~!

ヨーロッパではニセ警官。南米ではスキミング。そしてアフリカでは両替詐欺。アホの連続や~!スキミングはしょうがないけど、お札の手品はもうええかげん騙されるんじゃない!
もうくやしい~!お札を渡してアホみたいに待っているなんてアホすぎる。カモがねぎ背負って夜の町に行った~!やっぱりひとたまりもなかった~!

あの~、みなさん、楽しんでいただけましたか?
でもまた明日国境のイミグレでもう一回アホなことになるかもしれんと考えるだけでも憂鬱なんですけど・・・。
イミグレのくせにお釣りぐらい用意せんかい!ボケ~!ブルンジに行かないと言っておきながら行くからこういうことになるんじゃ!ボケ~!また今夜も眠れんわ~!

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2014年7月17日 (木)

ザンジバルからダルエスサラームへ(タンザニア)

宿→(6時発船35ドル2時間)ダルエスサラームへ→(ダラダラ・ミニバスのこと)ウブンゴバスターミナル→ターミナル横のホテル泊→明日はバスでブルンジへ

***

ブルンジ、ルワンダ、ウガンダも行くことにしました!何度も計画変更してすいません。
昨日、中華料理屋へ行って、チャーハンとスープ食べたら元気回復。せっかくだから、もうちょっと寄り道しようかと。

ダルエスサラームのウブンゴバスセンターでブルンジュブラ(ブルンジ)行きのバスチケットを買って、バスセンターの横のホテルへチェックイン。
重いリュックを背負って歩いたので、また疲れた。やっぱりまっすぐナイロビ行き買えばよかったかと、もう後悔。

移動時のリュックは、パソコン、iPadmini、カメラ、それらに付属する充電器やコード。水。バスに乗る場合はさらに寝袋などの防寒着が入っているので重い重い。
たぶん5キロぐらいしかないはずだけど、それがきつい。以前は楽々背負っていたが、今は食欲もなくて、アフリカ飯が食べられないのできつい。

今日はネットに繋げないので短く。ダルエスサラームの写真を載せておきます。

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タンザニアの法律上の首都はトドマというところらしいですが、実質的な首都機能はダルエスサラームにあって、日本大使館もダルエスにある。
タンザニアはなかなかおもしろそうですが、弾丸ツアーで駆け抜けていきます。

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バス停にいかにもアフリカらしい人たちがいたので載せておきます。

今日の宿 KIBADAMO HOTEL シングル 35000シリング・2170円。

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2014年7月16日 (水)

ザンジバル!すばらしい。(タンザニア)

今日は終日、ザンジバル島のストーンタウン歩き。

***

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昨日ブログを更新してから港の公園に行ったら、たくさんの屋台が出ていた。

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連日の移動疲れと睡眠不足で食欲がなく、ここ二、三日はろくに食べていない。
日本だったら、食欲がない時はあっさりしたもので済ませるが、こっちではあっさりしたものを捜すのが一苦労。冷やし中華とか、ひやむぎとか食べたいのに。

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日本のお好み焼きに似たものがあったのでそれを食べた。
あと他に食べたのは、魚の串焼き一本、ムサカ(イモ)一個。ココナッツジュース二個。

アフリカに来て、南ア、マダガスカルは面白かった。でもそのあとのジンバブエ以降は、移動が過酷で疲れるくせに、現れる町はそれほど面白くなかった。
町歩きをしていても、歴史の痕跡のようなものが残っていない町はつまらない。

一昨日のリロングエからのバスは特にひどくて、通路まで人がぎっしりと座っていた。私はムベヤで一旦降りようとバスの外に出て、ダルエスまで行こうと思い直して追加料金を払ってまた乗ったが、もう席がなかった。
車掌に頼んで何とか一番後ろの5人掛けの椅子に6人座るように入れてもらったが、私の席は椅子と椅子の間で、背中に椅子の端が当たって痛い。
それでも座っていた私はまだマシな方で、大勢の人が通路にかがみ込んでいた。

すぐ目の前で三歳ぐらいのかわいい女の子が通路で座っていた。目の大きな子で肌の色はかなり黒い。
その子を見ていたら、その大きな目から大きな涙がこぼし、黙って泣いていた。バスは揺れるし、昼間は暑く、夜は寒い。
子供はバスに酔いやすい。きっとその子は必至に気持ち悪いのをこらえていて、たまらず泣き出したのだと思う。
私も泣きたい気分で、そうまでしてアフリカを旅する価値があるんだろうかと考えた。

でも、ここザンジバルのストーンタウンは、そうしてまでしてやってくる価値がある。

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朝からストーンタウンの町歩き。まずはマーケット周辺から。

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奴隷市場の跡にレストランがあって、そこで食べられそうなものを見つけて朝食。これでも食べるのにかなり苦労するほど食欲がない。ワシは旅行奴隷か?ギャグも冴えない。

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奴隷市場の跡に建つモニュメント。
かってこの地を支配していたアラブ人の奴隷商人たちは、東アフリカで捕えてきた奴隷をザンジバルへ運び、ここで市にかけて売り、莫大な利益をえていたという。
これはそんなに古い話ではなく、1873年6月に閉鎖されるまで続いていたそう。

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これは、かって「からゆきさん」(からゆきさんとは、日本から売春目的で諸外国に売られていった婦人たちの別称)たちが住んでいた家。
近くにはかってジャパニーズバーという酒屋があって、世界中から来る船乗りたちに人気があったそう。
これも古い話しではなく、50年ほど前まで彼女たちはここで生活していたという。

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歩いていたら、ある家の前に、クイーンのフレディ・マーキュリーの写真がたくさん貼ってあった。
説明もあって、読んでびっくり。この家は、彼が幼少期を過ごした家だそうです。彼の両親はインド系イギリス人で、この島で政府関係の仕事をしていたそうです。
フレディ―はこの島で生まれ、8歳の時にボンベイのイギリス人学校に入学するまでここで育ったそうです。その後、島で革命が起こり、家族はロンドンに移住。
この家は観光名所になっていて、ガイドに連れられた大勢の観光客がひっきりなしにやって来る。
それにしても、ガイドの多いこと。この島は一級の観光地なんですね。

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町を歩いていたら、アザーンが始まる放送。子供たちが走ってモスクへ。

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町は複雑に入り組んでいて、迷路のようになっている。来た道を何度も確認しながら少しずつ前進。

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建物は歴史の痕跡だらけですばらしい。

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ザンジバルはストーンタウンだけではなく、沖合には監獄島もあるし、北へ行くと、マダガスカルのヌシ・ベにも負けないほどきれいなビーチもあるそうです。
でも明日島を出てダルエスサラームへ帰ります。急がないといけません。

町歩きをして疲れ、いったん宿に帰ってブログ書き。それを持ってまたネットカフェへ行ってブログ更新。
なんかクタクタです。島は今冬だそうですが、日本人にとっては夏と同じぐらい暑い。
食欲も無いのですが、中華料理屋を見つけたので、あとで何か食べられそうなものを求めて行ってきます。まさか冷やし中華はないやろうね。

今日の宿 Pearl Guest House  シングル 10ドル。

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2014年7月15日 (火)

ザンジバルにやって来ました(タンザニア)

13日午後7時リロングエ(マラウイ)発バス→ムベヤ(タンザニア)着14日昼ごろ・同じバスで→15日午前 3時頃ダルエスサラーム(タンザニア)着:同泊→(同12発フェリー20ドル)ザンジバル着15:30→宿

***

マラウイのリロングエから15時間バスに乗って、タンザニアのムベアに到着。このバスもひどいバスで、ゴキブリは出るは風はビュービュー入るはで、(もうアフリカはたくさん!一日も早く出よう)と思った。

ムベアに着いたが、そこはターミナルではなく、町はずれの路上。バスを降りて、「ここからケニアのナイロビへ行きたいんだけど、ターミナルはどこ?」とみんなに聞いたところ、ターミナルへはタクシーで行かないと行けないし、この町からナイロビ行きのバスは出てないという。

「じゃあ、どうすりゃいいの?」って聞いたら、今乗ってきたバスでダルエスサラームへ行き、そこからナイロビ行きへ乗れという。
ダルエスに着くのは夜中になるという。ダルエスへ行くべきか迷った。というのも、ダルエスサラームは、ヨハネス、ナイロビと並んで、アフリカ屈指の犯罪都市。

タクシーに乗れば、まずタクシー強盗に遭うと言われているほど。そこへ夜中に着く。迷ったが行くことに。

夜中の三時にダルエス到着。バスはターミナルではなく、どこか街中にあるバス会社の小さなオフィスの前に到着。オフィスはすぐに閉まってしまい、夜明かしする場所もない。

バスから降りた客の中に、アメリカ人青年が一人いたので、その子を誘って、近くの安ホテルのツインをシェア。(Gola Plaza Hotel 1人20000シリング・1240円)。彼とは今朝ホテルで別れた。

別れたあと、まずは日本大使館へ。私のパスポートはもういっぱいで、あと2ページしか余白が残ってなかったので、増補してもらいに。42000シリング・2604円。

大使館の受付の日本人のお姉さんが優しい笑顔で、

「これからしばらくはタンザニアを周られるんですか?」

日本人の女性と話すのは久しぶり。本当はすぐにナイロビへ行くんだけども、と思いながら、

「ええ、ザンジバルに行こうと思います」
ダルエスの沖合には世界遺産なっているストーンタウンのある島、ザンジバルがあって、ダルエスに来たからにはここを見ないで去るわけにはいかない。

「そうですか。良い旅を」

ザンジバルに行くことに。港へ行ったら、怪しい客引きの兄ちゃんでいっぱい。言われるままにチケット(20ドル)を買って乗船。

017
約3時間でザンジバルに到着。

私は、「最速でアフリカを抜ける」つもりだったのに、気が付いたら島に来てしまった。やっぱりこれは、ちゃんとアフリカを見てから行きなさいということやね。

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この島はモスリムの島。みんなモスリムの恰好をしています。インターネットカフェへ連れてきてくれた兄ちゃんの話では、今日はラマダン明けだそうで、6時からそこらじゅうのレストランが満員になるらしい。
あちこちで肉の焼けるいい匂い。早くブログを書いて早くレストランへ行かないと席がないぞ~。

この二日間移動で、ハンバーガー一個食べただけ。ワシもラマダンだったのでもうフラフラ。

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なぜ、ストーンタウンというかと言うと、要するに石でできた家が建てこんでいる町。
メディナかフェズの中を歩くような感じで、なかなかいいです。白人観光客もいっぱい。

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今、夕方5時ですが、日が暮れると、この迷路のような路地を宿に帰るのは大変なんで早目にひきあげます。今日は着いただけ。詳細はまた明日。

今日の宿 Pearl Guest House  シングル 10ドル。

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2014年7月14日 (月)

日本の中古車がいっぱい走ってますよ~(マラウイ)

今日はタンザニアのムベヤに到着しているはずですが、宿に着くのが遅いだろうということと、Wi-Fiの有無が定かでないので、13日に投稿しておいたものです。

原則として事前投稿はせず、オンタイムでブログを書く方針ですが、200MBのプリペイドWi-Fiが、四日間ブログを書いてネットサーフィンをしても無くないらないので書くことに。(もしムベヤでWi-Fiに繋がれば内容を差し替えします)

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これは今朝宿の駐車場に入ってきた二台のバス。二台とも日本からの中古車。手前が「ゆとりえデイサービスセンター」、奥が、「日本工業検査(株)」の文字あり。

どれぐらい走っているのかとメーターを見たところ、奥の車が36万キロで、手前の車が56万キロ。
中の座席は大勢乗れるように改造されているし、後ろはトレーラー(荷車)をけん引している。

アフリカでは、こういう車がたくさん走っている。中古車市場はまだ日本車の方が圧倒的に多い。
車検というシステムがあるのか聞いてもよくわからなかったのですが、車とトレーラーにはそれぞれ保険に入る義務があって、それに入ってないのがみつかると罰金を取られるそうです。支払った証拠のステッカーがフロントグラスに貼ってあった。

町ではエンジンの積み替えまで自分たちでやっているのを見かけるので、日本のような厳格な車検のようなシステムではないのかも。

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これはリロングエのローカルバスセンター。マダガスカルではベンツも多かったが、ここではほとんどが日本車。中は内装を全部取り払って、たくさん人が乗れるように改造されている。

アフリカを抜けると決めたのになかなか抜けられない。飛行機を乗り継げば早いのかもしれないが、どこからどう乗り継げばいいのかよくわからないので、この辺のハブになっているケニアのナイロビまでバスで一直線に行こうとしております。

やっぱりアフリカは、時間の余裕がたっぷりある時に、ゆっくり回るのが正解。
たぶんこの旅ではもう来ないと思いますがまたいつかぜひ来たいと思っています。

まったく計画性がないので困ります。

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