78イスラエル

2014年10月 5日 (日)

大移動開始!(テルアビブ・イスラエル)

ホステル→(バス)セントラルバスステーション→(徒歩5分)ハガナー駅→(電車16シェケル・480円)テルアビブ・ベングリオン国際空港→ここからは予定(6日0:55発トルコ航空 303ユーロ・42420円)→イスタンブール着6日03:05→イスタンブールのウズベキスタン大使館でビザ申請→夜行バスでトルコのトラブゾンへ

今日の宿 トルコ航空 42420円。

***

昼ごろ宿の近くから41番のバスに乗って、セントラルバスステーションまで来たが、料金6.9シェケル217円を払おうとしたところ、券売機が故障だからタダでいいなんて言われた。

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バスセンターは複合ビルになっていて、中に商店がたくさんある。空港よりは安いだろうと、そこで昼食。
何かがとぐろを巻いているような美味しそうなパンがあった。

両脇の人は、両方とも兵士だと思うけど、左の人なんて、私服なのに気軽に自動小銃をぶら下げている。
この町は兵士がものすごく多い。特に女性兵士が多くて、ほんとにあんたら銃なんか撃てるのかってなかわいい子が多い。

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値段も聞かずに頼んだら、これ全部で24シェケル・720円。これはパンではなくて、ピザのようなもの。中にゆで卵を挟んで焼いてくれておいしかった。
コカコーラの500mlが9.5シェケル・285円と、日本の倍ぐらいしてる。

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電車に乗ってベングリオン空港へ。

飛行機の出発までまだ10時間以上あるのに、飛行場に来てしまいました。飛行場に来れば、喫茶店などがあるだろうと思ったけど、な~んもない。
Wi-Fiは飛んでいるのでブログを書いています。

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テルアビブのホステルでは、二人の宿泊客と仲良くなった。一人はユダヤ人なんだけども、長くアメリカに住んでいた70歳の女性。もう一人はユダヤ人なんだけどもサンクトペトロブルグで育った40代の男性。

二人ともとっても感じがいい人で、女性の方はユダヤ教についていろいろ教えてくれて、男性の方はネパールのことをいろいろ教えてくれた。
男性はカトマンズ(ネパール)の旅行会社で10年以上働いたことがあるそうで、ネパールのガイドブックまで書いた人。本を見せてくれたけど、ロシア語で読めず。彼からは、カトマンズからブータンへ行くための旅行会社を紹介してもらった。(ブータンへはツアーでしか入国できない)

二人とも、いろんな国で働いたり、住んだりした経験があるそうで、もちろん日本にも来たことがあるという。旅のルートや事情にも精通していてグルジョアやアルメニアのこともいろいろアドバイスしてくれた。

たった二人の人だけ見て決めつけはできないけれど、ユダヤ人というのはこういうものなのかもしれない。
自分のルーツはユダヤにあるけれでも、泊まれるような実家がイスラエルにあるわけではなく、ホステルに泊まる。それでいて、この町には友人や知人も大勢いる。

個人的に、ユダヤ人だから、パレスチナ人だからということは特に感じることはなく、どちらもとってもいい人たち。ただ、この町には兵士が多過ぎる。

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2014年10月 4日 (土)

ユダヤの休日(テルアビブ・イスラエル)

イスラエルの町歩き4時間。

今日の宿 Milk and Honey ドミ  18ドル 連泊。

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今日はヨム・キプールといって、年に一度のユダヤ教徒の贖罪の日。一日断食をして前年一年間の罪を悔い改める。イスラエルでは祝日になっていて、バスやタクシーは動かない。

商店やお店もぜ~んぶ休み。
宿のおねえさんが、「町には車が走っていないし、静かですばらしいわよ」と言ったので、何がすばらしいのか見に行くことに。

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本当に車が一台も走っていない。車がいない路上を、大勢の人が犬を連れて散歩している。

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悔い改めておとなしくしていなければいけないはずなのに、たくさんの人が海で泳いでいた。ドミの同室のババアも泳ぎに行くと言っていたので、ここで泳いでいる人の多くは観光客なのかも。

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商店は一軒も開いていない。住人はユダヤ教徒ばかりではないはずだけど。

暑い中歩いたが、自動販売機なんてものはないので、ジュースも買えない。水とパンを持ってきたが、おおっぴらにパンを食べてもいいのかよくわからず、人目を避けて食べた。

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車が走っていなくて一番喜んでいるのは子供たち。この子たちは道路でお絵かき。

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子供たちがはしゃぐはしゃぐ。走る走る。

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テルアビブは40万都市で、そこそこ都会だけど、大都会ではない。モダンな建築で有名だそうですが、今日歩いた範囲ではそんなに見かけなかった。これはアパート。

宿から北へ向かって二時間歩いたが、特にこれといって見るものはなかった。もともと見るものがない町なのに、お店が全部閉まっているんじゃどうしようもない。また二時間かかって戻ってきた。

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道路をゴーカートで疾走する子供。嬉しそうです。

それにしても、今日出発の航空機のチケットを買っていたら、どうやって空港まで行ったものかと考えるとぞっとした。

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2014年10月 3日 (金)

テルアビブ(ヤッフォ)にやって来ました(イスラエル)

エルサレムのホテル→(トラム6.6シェケル)エルサレムセントラルステーション→(バス19シェケル570円約50分)テルアビブセントラルステーション→(徒歩)ホステル

今日の宿 Milk and Honey ドミ 18ドル

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テルアビブ空港乱射事件を知らない世代の人も多いやろね。私なんか、テルアビブって聞いても、これしか連想しない。改めてWikipediaで読んだけど、当時は手荷物検査もなく、ライフル持って飛行機に乗れたみたいでびっくり。

テルアビブのバスセンターから歩くこと30分。予約したホステル(Florentine Hostel)に着いて、パスポートを見せたら、なんと、年齢を理由に断られた。

そのホステルは40歳以下でないと泊めないという。1年5か月旅をして、年齢を理由に断られたのは初めて。
近所のホステルを紹介してくれたのでそっちへ行ったところ、そっちの方が感じの良いホステルだったので、まあいいか。

宿の人が言うには、明日がユダヤの祝日の、ヨム・キプールという日で、今日の昼から一斉に店が閉まり、明日はレストランも商店も全部閉まるそうで、今のうちにスーパーへ行って二日分の食糧を買っておいたほうがいいよと言うので買い出しに。

ヨム・キプールの日は断食をして一年の罪を悔いを改めるため、町中休みでバスやタクシーも動かないそう。

スーパーで、パン、カップ麺、ビールなどを買ったが、物価がものすごく高い。ビールやポテチは日本より高い。マクドナルドに入ったら、バーガーセットが1200円以上と日本の倍で退散。

買い出しを済ませて、歩いてヤッフォと言う場所へ観光に。

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時計台。オスマン朝の時代のもの。ヤッフォは聖書にも登場する港町。紀元前18世紀ごろから記録にあるそうで、ここに陸揚げされた品々はエルサレムへ運ばれたそう。
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インフォメーションのお姉さんが、ノミの市に行くといいと言うので行ったら、ゴミの市だった。

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オスマン朝時代の立派なモスクが残っている。ユダヤ教のシナゴーグはあたりに見当たらないし、ユダヤの正装をしている人もいない。

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地中海。きれいな海です。遊泳禁止の看板が立っているが、みんな平気で泳いでいた。
遠くに立派な高層ビルが見えるが、宿を取ったヤッフォ近辺には高層ビルはない。

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聖ペテロ教会。ペテロは初代のローマ法王で、バチカンのもとを作った人ですが、ここから伝導を始めたそうです。

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オスマントルコ時代の建造物がたくさん残っている。
ヤッフォには、ちょっとした旧市街が残っていて、古い町並みがそのまま残っているというか、放置されている。

本当は、テルアビブはあまり興味がなかったけど、またしても安い航空券を買いそびれて、気づいたらあれよあれよという間にチケットが高騰。しかたなく、6日未明のチケットを買ったので、あと3日ここにいないといけない。でもヤッフォはそれなりにいい場所で来て良かったかな。

今日わかったが、ユダヤの暦では、9/25~26日が新年で、そこから10日間は懺悔の日。明日(10/4日)がヨム・キプールで断食の日。チケットの高騰はこれと関係があるかも。

イスラム圏を脱出して、久しぶりにビールを飲んだら、酔う~。酒の無い生活もいいな~と思ったけど、売っているなら飲みたい。二日分として二本買ったけど、二本とも飲んじゃったので、明日はユダヤの人並に禁酒して悔い改めたいと思います。

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2014年9月30日 (火)

受難の日(エルサレム・イスラエル)

ホテル→(徒歩で旧市街へ)岩のドーム→キリストが十字架を背負って歩いた道→ダビデの塔(40シェケル1200円)→ダビデ王の墓→最後の晩餐の部屋→ホテル

今日の宿 New Palm Hotel ドミ 60シェケル 1800円 連泊。

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朝、検問で金属探知機を通る時にカメラを落として壊してしまった。今まで何度落としても、水没させても元気に復活したのに、今回はダメ。宿に帰ってもう一台のカメラを持って出直した。

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岩のドーム。中はモスリムでないと入れない。まわりは神殿の丘といって、公園のようになっている。ここは武装した警官がたくさんいて、ものものしい警戒体制。

大勢の人が「アラー、アクバル!」と何度も何度も連呼していた。
11時になって、警官から外に出るように言われた。11時からはモスリムのお祈りが始まるので、異教徒は外に出される。

異教徒を神殿から追い払うとは、イエスの時代と変らんやないか。でもどうしてワシが異教徒とわかったんやろ。

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外に出ると、入口に10人ほどのユダヤ人がいて、それぞれ自分のシャツの襟もとのところを破っていた。一人の男に「どうして破っているの?」と聞いたところ、「われわれの痛み(pain)を表現しているんだ」だって。

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続いてダビデの塔へ。ダビデ王が建てたと言われる要塞で、現在は博物館になっている。紀元前のダビデ王の時代から順に、ローマ帝国、キリストの時代、マホメットの時代、そしてオスマントルコと、この町の様子を時代毎に分けて展示してあって、おもしろかった。
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ダビデの塔から見た旧市街。

昼飯にケバブを食べたが、750円も取られた。今までのイスラムの国だったらどうみてもその半額以下のろくでもないケバブなのに。別の店でコーラを買ったら500mlが360円。

続いて、イエスが十字架を背負って歩いた道を歩いてみた。その道は「ヴィア・ドロローサ」と呼ばれ、14の場所にそれぞれ逸話が残っている。

イエスが裁判にかけられ、有罪を宣告された場所へ行ったところ、一人の男が立っていて、「さあ、こちらへ」と案内してくれた。
てっきり私は「鞭打ち教会」の関係者だと思って付いていったところ、イエスがイバラをかぶせられた場所(祭壇)と十字架を背負わされた場所を説明してくれた。

説明が終わったところで、20シェケルの説明料をくれという。やっぱりか~。18シェケル(540円)渡したが、とんだ鞭打ち刑にあってしまった。

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イエスが十字架を背負って最初につまづいた場所。すぐ隣に、マリア様が十字架を背負うイエスを見つめた場所があった。

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ゴルゴダの丘へ向かって、道はきつい坂道が続く。実際には町は何度も作り変えられているので、当時のままの道ではない。
聖墳墓教会まで歩いて、今度はカルドと呼ばれる場所へ。

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カルドとは、ローマ時代に作られた大通りのこと。ローマ帝国は、新しく町を造る時には、中心にカルドと呼ばれる大通りを造って、そこで町を南北に分けた。

カルドの両脇には列柱を配して街づくりをする。その列柱が当時のまま保存されている。この場所の地面は、現在の地面よりも3~4m下。

昔は、町を征服すると、焼き払い破壊して埋めてから新しく町を造ったので、地面は後代にいくほど高くなる。このカルドに続く道路は今も商店街として観光客で賑わっている。

続いて、ダビデ王の墓へ。

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建物の中へ入ると、棺のようなものがあり、みんなお祈りをしていた。どうしたものかと見ていたら、黒いスーツに黒い帽子を被ったユダヤ人の男がやってきて、「奥さんの名前は?」と聞いてきた。

独身だと答えると、両親の名前を聞き、アラブの文字で紙に書き、私の頭に手を置いて、何やらブツブツとお祈りしながら私の頭を前後に揺らした。紙を祭壇の奥に投げるようにと渡してくれたので投げた。

そしたら男が、「いくらか入れてね」とプラスティックのコップを出してきた。またか~。優しそうな人だったので、5シェケル(150円)だけあげた。

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すぐ近くに、イエスが磔にされる前日に、使徒たちと最後の晩餐をとったとされる部屋がある。入場無料にもかかわらず、ここは不人気で閑散としていた。誰も寄ってこなかったので一安心。

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外に出ると、たくさんの兵士が記念撮影をしたり、じゃれあったりして騒いでいた。昨日から、旧市街にはものすごくたくさんの兵士がいるが、どうも警備をしている様子はない。でも彼らのなかには自動小銃を持っている兵士が何人もいる。

「ニーハオ!」と言ってきたので、あんたらはパトロールしてるのか観光してるんかどっち?と聞いたところ、観光だと言う。

でも銃を持っているやん、と言ったら、「襲われたら身を守らないといけないだろ」と、何ともわかったようなわからんような返事。

この町は、三大宗教の聖地なのに、ちっとも神聖な雰囲気がない。旧市街の中は驚くほど物価が高く、そこらの観光地よりも商売熱心。しかも、つい最近までいたイスラムの国々のように低姿勢ではなく、なんとなく高圧的で愛想が悪い。

屋台のザクロジュースをみんなが美味そうに飲んでいたので、きっとまずいやろうなあ、と思いつつ一杯飲んだら、なんと540円。やっぱりまずかった~。

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2014年9月29日 (月)

聖書の舞台にやってきました(エルサレム・イスラエル)

アンマン・マンスールホテル→(タクシー3人でシェア 7JD)ヨルダン側イミグレ→(バス8.5JD)イスラエルイミグレ→(バス10JD1540円)ホテル→旧市街散策

今日の宿 New Palm Hotel ドミ 60シェケル 1800円。

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エルサレムにやってきました。
イスラエルのイミグレーションは、言われているほど厳しくはなく、すんなりと通してくれました。

宿から一緒にタクシーをシェアしてきた他の日本人二人は、別室に連れて行かれて質問を受けたが、それでも15分ぐらいで終わった。

ただ、待ち時間が長くて、イミグレを通過するのに2時間かかり、結局移動に5時間。エルサレムに着いたのは午後1時過ぎ。

一緒に来た二人の青年は、有名なイブラヒムじいさんの家へ。私は立地優先でマダガスカル門のすぐ近くの宿へ。さっそく荷物を置いて、旧市街へ。

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旧市街の入口のマダガスカル門。旧市街は城壁に囲まれて、保存状態よく残っている。もちろん世界遺産。

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門を抜けると、両側に商店街。

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さらにスーク(商店街)へと続く。ここも大きなスークがある。

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私が真っ先に向かったのは、「嘆きの壁」。

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たくさんのユダヤ人が祈りを捧げている。

ここエルサレムの旧市街は世界三大宗教の聖地。紀元前、もともとはこの場所には、ユダヤ教の神殿が建っていたが、それをローマ軍が破壊。ユダヤ人は様々な支配者から追われ、世界へと散っていく。

やがてこの地で活躍したイエスが、ここエルサレムのゴルゴダの丘で磔(はりつけ)になったため、キリスト教の聖地となった。

それから約600年後にイスラムの創始者のムハンマド(マホメット)がこの地で亡くなり、もとユダヤ教の神殿のあった場所にムハンマドを祭るドーム(岩のドーム)を建設。そのドームが今も嘆きの壁の向こうに建っている。ユダヤの人々は、もとあった場所に神殿を建てたいと祈りを捧げる。

とまあ、こういうややこしい場所です。

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すぐ近くにある聖墳墓教会。今度はキリスト教。イエスが磔にされたと言われる場所(ゴルゴダの丘)に建っている教会。

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これは磔にあったイエスを十字架から降ろして香油を塗ったと言われる石板。みんながいろんな物をそこに乗せて祈ります。

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教会の中にあるイエスのお墓。中に入ってお祈りしました。この教会はイエスの死後300年以上経ってから建てられており、中に何か遺品が納められているとかはないみたい。教会では、多くの人が感激して泣いていました。

ユダヤ教、キリスト教ときたので、イスラム教も出さないと不公平なんですが、「岩のドーム」はモスリム以外には非公開。ドームのまわりの神殿の丘には入れるらしいが、午前中だけということなので、また明日行きます。

モーゼ、イエス、ムハンマドが歩いた地は荒涼とした岩山、砂漠の中の町々。
ヨルダンからエルサレムまでは岩ばかりの荒れた土地がずっと続いた。

これを書いている時、町にはアザーンが鳴り響いています。
明日も、イエスが、ムハンマドが歩いた街を歩きます。

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